「『ハーフライフル』を『ごぶんのいちライフル』にしました。」は、〝切れない包丁〟を子供に持たせる毒親のような話

 2024年3月に施行された銃砲規制より、これまで「ハーフライフル」と呼ばれる銃の基準が変更されました。この規制変更は、狩猟業界と公安委員会の協議を経て決定されたものですが、結果として〝まったくスジ違い〟の内容に着地したと思います。そこで今回は、新規制によって誕生した「ごぶんのいちライフル」を題材として、日本の狩猟・銃業界がはらむ問題点についてお話したいと思います。

目次

そもそも「ハーフライフル」とは何か?

 本題に入る前に、そもそもハーフライフルとはどのような銃なのかまとめます。日本独自の〝ヘンテコ〟な銃であるハーフライフルが「なぜ誕生したのか?」については、過去に記事を書いていますので、併せてご覧ください。

精密な射撃を可能にするライフリングを持つ散弾銃

 ハーフライフルの原型となる銃は、1960年代にアメリカで開発されたRSG(ライフルド・スラッグガンまたはライフルド・ショットガン)です。この銃は銃身に螺旋状の溝(ライフリング)が施されており、さらに〝散弾実包〟を装填することができるという特徴があります。


 RSGに装填する散弾実包は「サボット弾」と呼ばれています。このサボット弾は、金属製の弾頭が硬質プラスチックケース(サボット)に収められており、発射時にサボットがライフリングを滑ることによって回転が加えられます。このとき弾頭は、サボットと一緒に回転するため、射出された弾頭はライフル弾頭と同様に高い精度で飛んでいきます。

サボット型スラグ

人口密集地でオジロジカを狩る目的で開発された

 RSGが開発された背景には、アメリカのいくつかの州で『人口密集地近くでのライフル銃使用が制限されていた事情』があります。このような場所でオジロジカなどのシカを狩るためには、滑空銃身を使用したスラッグ弾よりも射程や精度が高いサボット弾が適切な選択肢となりました。

日本ではRSGを改造して「ハーフライフル」になった

 「ハーフライフル」とは、RSGのライフリングを半分以上削って作られた銃の総称で、法律的な正式名称としては「散弾銃及びライフル銃以外の猟銃」と呼ばれています。
 このように改造が施されている理由は、日本の銃規制において「銃身の半分以上にライフリングが施されている銃は〝ライフル銃〟」と定義されているためです。RSGは散弾銃でありながら〝ライフル並みの精密射撃ができる〟というメリットがありますが、RSGのままでは「ライフル銃を所持するためには10年以上散弾銃を所持しないといけない」という規制に引っかかってしまいます。そこで日本の銃業界では、RSGのライフリングを半分以上削って「この銃はライフル銃でも散弾銃でもない猟銃」という〝抜け道〟を作ったというわけです。

ハーフライフルが規制強化を受けた理由

 さて、本題となる『ハーフライフルの規制強化』は、2023年に長野で発生した「中野市4人殺害事件」が発端となっています。

事件の要約

 2023年5月25日、長野県中野市で発生した「中野市4人殺害事件」では、31歳の男が近隣の女性2人を刃物で襲い、さらに通報を受けて駆けつけた警察官2人が猟銃で銃撃され、全員が死亡した。この男は犯行の動機について、「女性に『独りぼっち』と侮辱されたと感じた」と述べた。
 この男は2015年以降、狩猟と標的射撃のために複数の銃の所持許可を得ており、その中には散弾銃よりも射程の長いハーフライフルがあった。なお、銃の所持に際して定期的な健康診断や精神状態のチェックも受けていたが、問題は報告されていなかった
 政府は2024年3月1日に、「ハーフライフル」の所持要件を厳しくする内容を含めた銃刀法改正案を閣議決定した。この改正によりライフルの要件は「銃身の1/2以上」から「1/5以上」に変更となり、従来のハーフライフルはライフル銃として扱われるようになる
 本規制の特例として、都道府県が「獣類の被害防止のため、ハーフライフルによる捕獲が必要」との通知を警察に提出した場合、狩猟者は散弾銃の要件で所持許可申請を警察に提出することができる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%87%8E%E5%B8%824%E4%BA%BA%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

以上は、本事件の要約です。
 この規制の内容について、「ハーフライフルが問題の本質ではないのでは?」や「精神状態の診断に問題があったのでは?」といった様々な意見がありますが、今回の話ではこのような部分を深堀する気はありません。
 今回の話で注目したいのは、「結論がライフルの要件変更〟に着地したという点です。この結果から透けて見えてくるのは、日本の行政、そして〝狩猟業界〟もまた、問題の軸がブレているという事実です。

例えると、『〝切れない包丁〟を子供に持たせる毒親』

 今回の規制で生まれた「ごぶんのいちライフル」は、元々高精度が売りのRSGに日本の銃規制に合わせた改悪を施した「ハーフライフル」が、さらに改悪されたものです。つまり、日本の狩猟業界と行政による今回の対応は、今後の鳥獣対策に必須とされる「精度の高い銃」の〝精度〟を削り取るという、明らかに本質から外れた対応だとえます。
 この「ごぶんのいちライフル」を〝包丁〟に変えて今回の問題解決を例にすると、「料理をしたい」という子供に対して「包丁は危ないから!」という理由で〝切れない包丁〟を渡す毒親のようなものです。

 このような〝本質から外れた規制強化〟は、銃業界に限らずしばしば見られることではあります。しかし「狩猟業界自体が、今回の規制を〝ズレ〟だと認識できていない」という部分は大問題です。
 今回の問題で浮き彫りになったのは、狩猟業界と実際の狩猟者の間で「根本的な問題意識のズレ」が生じているという事実だと思います。

必要なのは「必要な人にライフルを持たせる」ことではないか?

 それでは今回の規制はどのような落としどころを見つけるべきだったのでしょうか?これについては個人的な意見ではありますが、一つの提案は、「ハーフライフルの全面的な所持禁止」として、その代わりに鳥獣対策などで〝真にライフル銃が必要な人々への所持条件を緩和する〟という改正だったと思います。
 そもそもハーフライフルは、1960~70年代にライフル銃による凶悪犯罪を抑制する目的で導入されました。それが現代に入り「クマなどの大型獣への対策として高精度の銃が必要だ」というのであれば、ハーフライフル自体を廃止し、ライフル銃を必要とする人々が容易に所持できるような制度を見直すというのが、課題解決の正しいスジだと言えるのではないでしょうか?

「ごぶんのいちライフル」の精度は少なくとも〝良くはない〟

 新たに導入された「ごぶんのいちライフル」の精度についてですが、正直なところ、その具体的な変化は明確ではありません。なぜなら、今回の規制は事件発生から1年足らずという期間だったため、「ライフリングを五分の一にすることに対する影響」がまったく検証されていないからです。
 一つ確かなことは「精度が向上することはない」ことです。RSGを含むあらゆる銃器は、多くの射手や銃職人(ガンスミス)の手により、試行錯誤と試射を繰り返して性能を向上させてきたという歴史があります。〝日本独自のヘンテコな銃〟である「ハーフライフル」においても、1970年代から現代まで、様々な射手が最適な火薬量・弾頭重量の研究を進めてきたという歴史があります。そのような経緯を軽視し「二分の一から五分の一にした」という今回の規制は、先人たちの努力に対する敬意を欠く安易な措置だったと思います。

弾資材が高騰する昨今、精度の研究は前途多難

「ごぶんのいちライフル」で精度を出すためには、日本国内の射手が火薬量や弾頭の重量、ハンドロードの方法について独自に研究し、試行錯誤する必要があります。しかし近年は火薬や雷管といった弾資材の価格高騰、そして歴史的な円安の影響から、このような研究にかかる負担は極めて重いものとなります。
 これにより研究が進まなければ、結果として「ごぶんのいちライフル」は実際には誰も使用しない、制度上だけの存在となる恐れがあります。その場合、「ハーフライフルを全面禁止にした方が良かったのでは?」という声が上がることもありえます。
 日本の狩猟・銃業界は、これから増えるであろう様々な規制への対応にあたり、短期的な視点ではなく、本質を見据えた長期的な対策を策定することが強く望まれます。

まとめ

  1. 2023年5月に発生した「中野市4人殺害事件」の影響で、2024年3月に「ハーフライフルの規制強化」が行われた
  2. ライフリングを「五分の一」にするという対策は、「精度の良い銃」を必要とする鳥獣対策に対して的外れの規制だったのではないか?
  3. 「五分の一ライフル」の精度を調査するためには日本の射手による膨大な実験が必要だが、資材高騰等の影響で非常に難しい状況に追いやられている
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この記事を書いた人

東雲 輝之のアバター 東雲 輝之 株式会社チカト商会代表取締役・ライター・副業猟師

当サイトの主宰。「狩猟の教科書シリーズ」(秀和システム)、「初めての狩猟」(山と渓谷社)など、主に狩猟やキャッチ&イートに関する記事を書いています。子育てにも奮闘中。

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