『イノシシのモツ煮込み』は安く・早く・美味く・酒が進む、猟師の賄い料理

 寒空の下で一日中山を駆け回り、それが終わると身を切るような冷たい水で獲物を解体する。そんな過酷な猟師たちの仕事終わりに”まかない”として出される定番料理がモツ煮です。今回はこの、猟師のまかないモツ煮のレシピをご紹介します。

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食べれば体の芯まで温まる内臓料理

 猟師のまかない飯というと『ジビエBBQ』のような料理を想像されるかもしれませんが、昔の猟師たちは獲物の肉を自分たちで食べることはありませんでした。なぜなら猟師たちにとっての肉は大事な”商品”であり、肉は食べる物ではなく、売ってお金にかえるものだったからです。そのため猟師たちのまかない飯は、一般的には商品価値がない放るもん(ホルモン)を使っていました。

まかない飯は料理に時間をかけてはダメ

 まかない飯にホルモンが使われる理由はタダで手に入るからだけではありません。そもそもまかない飯作りは駆け出しの若手猟師の仕事であり、先輩猟師が仕事(精肉作業)を終わらせるまでに料理ができていないといけません。もし仕事から帰ってきたときに飯の用意ができていないと、「きさん、なんチンタラ飯つくっとんのかっちゃ!(九州弁)と、こっぴどく怒られるのが猟師の世界です。
 そのため猟師のまかない飯は、解体でまっさきに取り出される内臓を使った料理、特に下処理に時間がかからない、心臓や肝臓、脾臓などの”赤モツ”がメイン食材だったのです。

赤モツの処理

心臓は二つに割って血合いを洗い流す

 モツ煮でメインになるのが心臓(ハツ)です。心臓の下処理は単純に、二つに割って中の血合いを洗い流して、一口大に刻むだけです。心臓の根本にある太い血管(ココロノコリ)も「コリコリ」とした食感が美味しいので、捨てずに料理に使います。

肺は、短時間の料理には向かない

 好みにもよりますが、肺(フワ)はモツ煮には入れないのが普通です。なぜなら肺自体にはあまり味がなく、煮汁をしっかりと吸わせる料理でなければ美味しくありません。そのため短時間で作る猟師のモツ煮には、あまり向いていません。

レバーは大きすぎる場合は1/5程度を使う

 肝臓(レバー)の下処理は、表面についている白い膜を取り除き、一口大に切ります。大型の獲物の場合は、肝臓は大皿に乗せられないぐらいの大きいため、全部は使わずに、手のひらに収まるぐらいの量を使います。

腎臓はアンモニア臭くないことを確認

 腎臓(キドニー)は、二つに割って中心のゼリー状の部分と白い管を取り除き、中を綺麗に洗います。腎臓は個体によってはアンモニア臭がキツイことがあるので、嗅いでみて臭いがキツイようであれば使わないようにしましょう。

腎臓周りのハラアブラ

 腎臓の周囲についているケンネ脂(ハラアブラ)もモツ煮に入れます。ただし、ケンネ脂には旨味がほとんどないので、料理に使う量は手のひら程度のサイズで十分です。
 「ケンネ脂」という言葉は聞きなれないかもしれませんが、この部位はすき焼きや焼肉の時に使う”牛脂”のことです。なお、シカにはケンネ脂はついていません。

胃の裏から”チレ”を取り外す

 胃の後ろ側には、長細く平べったい形をした脾臓が付いているので、胃から剥ぎ取って一口大に刻みます。脾臓の料理はほとんど知られていませんが、焼きトン屋さんで「チレ」という名称で、しばしば見かけます。

胃からはアミアブラも取っておく

 胃(ガツ)は美味しい部位なのですが、下処理に時間がかかりすぎるため、猟師のまかない飯には入れません。しかし、胃の周囲に張り付いている脂網(アミアブラ)は、熱を加えるとフルフルとした食感でとても美味しいので、胃から取り外して細かく刻んでおきましょう。

忘れちゃいけないタンとホホ

 頭についている舌(タン)ホホ肉も、普通は食肉として流通しないホルモンの一種です。舌は首の付け根からアゴ先にかけてVの字に切れ込みを入れ、引っ張って取り外します。ホホ肉は頭の皮を少し剥がして肉を削ぎ落します。

 舌は汚れが付いているので、水をかけながら包丁で表面を削ぐようにして洗います。表面の皮は削ぎ切ってしまっても良いですが、面倒くさいならそのままでも構いません。

猟師風モツ煮込みの作り方

野菜は大根や白菜、そしてコンニャク

 モツ以外の食材は、大根や白菜、ニンジン、ゴボウなどの冬野菜、そしてコンニャクが定番です。野菜類は丁寧に短冊切りにしてもよいですが、適当な大きさにザックザックと切り分けましょう。猟師の世界には「飯が遅い!」と怒る人はいますが、「野菜の切り方が雑!」と怒る人はいません。

内臓の油で食材を炒める

 調理は、まずハラアブラとアミアブラを熱した鍋に入れて油をにじみ出し、この油で心臓、タン、ホホ肉、野菜類をくわえて炒めます。炒めている最中に野菜から十分な水分がでるので水を加えてはいけません。

酒を加えて臭いを飛ばす

 ある程度、大根やゴボウなどに火が通ったら、酒を振りかけて一気に臭いを揮発させましょう。アルコールを加えて煮飛ばすと臭い成分を吸着して蒸発するため、内臓の生臭さが抑えられます。
 ある程度アルコールが飛んだら、醤油、みりん、砂糖を加えて味付けしましょう。料理の紹介記事であれば「大さじ」や「小さじ」で説明しないといけない所ですが・・・・まぁ、猟師のまかない飯なので、とりあえず濃いめに味付けておけば大丈夫です。

肝臓、腎臓、脾臓を加えて煮込む

 調味料を加えたら火を小さめにして、肝臓、腎臓、脾臓を加えましょう。この3つの部位は火を入れすぎると強いレバー臭が出るため、料理の最後に入れるのがコツです。

酒の肴にも!ご飯のおかずにも!

 「飯はどうなっとおんずら!(甲州弁)と怒りださないぐらいまで煮込んだら、モツ煮を大皿にのっけて、粉山椒と一緒に先輩猟師たちの目の前にドシーン!と置きましょう。寒さと空腹でイライラしていた猟師たちも、モツ煮に箸を伸ばせば1杯、2杯と酒が進み、与太話にも花が咲き始めます。小うるさい先輩猟師には、ひとまず酒を飲ませて、さっさと寝てもらいましょう。

まとめ

  1. 猟師の”肉”は商品なのでまかない飯には使えない。使うのは下処理に時間がかからない赤モツ
  2. 使う内臓は、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、舌、ホホ肉、ケンネ脂
  3. 味付けは適当に、とりあえず甘く・しょっぱく・濃い味で
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この記事を書いた人

東雲 輝之のアバター 東雲 輝之 株式会社チカト商会代表取締役・ライター・副業猟師

当サイトの主宰。「狩猟の教科書シリーズ」(秀和システム)、「初めての狩猟」(山と渓谷社)など、主に狩猟やキャッチ&イートに関する記事を書いています。子育てにも奮闘中。

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