怒れる獣は恐ろしい!罠の『止め刺し』保定・拘束技術の基本

 罠の見回りに行くと、そこには念願の獲物の姿が!「やった!獲物を仕留めたぞ!」・・・と喜びたくなる気持ちはわかりますが、罠猟はまだ終わりではありません。罠にかかって興奮した獲物を仕留める止め刺しは、罠猟の中でも最も難しく、また事故の危険性が極めて高い作業です。

目次

リスクアセスメント

 罠にかかった獲物はパニックを起こして動き回るため、ワイヤーが木に絡みついたり、地形が変わるほど地面を掘り返したりと、罠をしかけた当初とは状況がまるで変っています。そこで止め刺しでは、作業に入る前に危険性を分析して対策を練る、リスクアセスメントが重要になります。

くくっている部分は大丈夫か?

くくりわなにかかったイノシシの足

 くくりわな猟のリスクアセスメントでまず確認するのが、獲物をくくっている部分です。くくりわなではバネの強さや仕掛け方、また獲物が罠を踏んだ深さなどによって、スネアのくくる位置が変わります。このときスネアが蹄の先にかかってしまうと、獲物が暴れた拍子にスネアが外れるリスクが高まります。

 止め刺しの事故で一番多いのが、この“すっぽ抜け”で獲物に突進されることです。もしリスクが大きいと判断された場合は不用意に近寄らずに、先輩ハンター、または地区の鳥獣管理担当窓口に連絡して、判断を仰ぐようにしてください。

ワイヤーに擦り切れは無いか確認

 くくりわなに使用するワイヤロープは、引っ張る方向に対してはメーカー側が強度を保障しています。しかし、折り曲げたり擦りつけたりする力に対しては、メーカー側は“想定していない損傷”なので、その強度は保障されていません。よって、獲物のスネアやリード部分に擦れねじれ(キンク)がある場合は、きわめてリスクの高い状態と考えましょう。

土俵から出ていないか?

 くくりわなにかかったイノシシは、手あたり次第に地面を掘り返す癖を持っており、このとき出来た掘り返しの跡は「土俵」と呼ばれます。この土俵は、言うなればイノシシの移動可能距離なので、その外側であれば反撃を受ける心配はありません。しかし土俵の大きさがいびつだったり、獲物が土俵から出ている場合は、ワイヤーが緩んでいたり、根付け(リードを結んだ木)が折れそうになっている、などのトラブルが隠れている可能性があります。原因は何なのか、注意深く観察をしてください。

ワイヤーが絡まっている場合は、その状態を確認

 くくりわな猟では、パニックになった獲物が動き回り、周囲の木にワイヤーが絡んでしまうことがよく起こります。このような場合は、絡んでいる木に損傷はないか、よく確認をしましょう。

 特に、ワイヤーが絡んでいる部分がツタや細い竹の場合は、ワイヤーで擦り切れていることが多いので注意が必要です。

箱わなの場合は溶接の状態を確認

 箱わなは、くくりわなに比べて獲物から反撃を受けるリスクは低いですが、それでも檻を破壊される危険性は0というわけではありません。そこで箱わなに近づく前には、檻の溶接やビス止めされている箇所に緩みが無いことを確認しましょう。

接近するルートを確認する

 罠にかかった獲物に坂下から近づくと、突進してきたときに勢いが乗ってワイヤーが切れるリスクが高まります。そのため、獲物に近づくときは坂の上から接近するのが原則です。
 またワイヤーが木に巻きついている場合は、ワイヤーの巻き付きが外れない方向から回り込むように、近づいていきましょう。

獲物の動きを封じる

 リスクアセスメントが完了したら、いよいよ止め刺しに入る・・・のですが、その前に獲物の動きを封じる方法を考えましょう。獲物の動きを封じる方法には拘束と昏倒の2種類があります。拘束にはさらに水平方向への拘束と垂直方向への拘束があり、昏倒には主に打撃による方法と電気ショックによる方法があります。

水平拘束

 水平拘束は2本のワイヤーやロープを使って獲物を左右に引っ張って動きを封じる方法です。くくりわなでは1本の足がスネアで固定されているため、ワイヤーと一直線になるようにロープで固定します。ロープの結び方(ロープワーク)には色々ありますが、基本的には獲物側にハングマンズノット、固定する側はトラッカーズヒッチを使います。

引っ張ると絞まる『ハングマンズノット』

 獲物側に作るハングマンズノットは“絞首刑”に使われるロープワークで、手元を引っ張ると輪を絞めることができます。さらに、一度締まった輪は簡単には緩まないので、獲物が暴れてもほどける心配がありません。

輪を体に通す方法

 イノシシに輪をかける方法は、目の前に輪をちらつかせると噛みついてくるので、噛みついてきた瞬間にロープを引いて上あご(鼻ツラ)を締め付けます。シカの場合は、輪を大きめに開いて棒などで頭にかけ、首に通ったところでロープを引きます。

 獲物に近づくことが難しい場合は、輪を投げて獲物に引っかけます。雄ジカの場合は角に引っかかりやすいので、首に引っかけるよりも簡単です。

アニマルスネアを使う

 水平拘束にはアニマルスネアを使用する方法もあります。これは普通のくくりわなに棒を取り付けた形状をしており、踏板の部分で獲物の鼻ツラを叩くことで締め付けます。

 アニマルスネアは、上図のような簡易的な物でも問題ありません。棒の柄に取り付ける部分を塩ビのキャップにすることで、スネアを絞めたあとの棒を取り外して棍棒替わりに利用することもできます。

1人で150㎏以上の力を出せる『トラッカーズヒッチ』

 獲物にロープを結んだら逆側を引っ張って獲物を固定しますが、このとき“綱引き”をしても人間の力ではなかなか野生動物には勝てません。そこで獲物を引っ張るときは、トラッカーズヒッチというロープワークを使います。
 このトラッカーズヒッチは3倍力システムと呼ばれ、動滑車・定滑車の原理より1人の力(約50㎏)で3人分の力(約150㎏)で獲物を引っ張ることができます。

 トラッカーズヒッチは、ロープの途中に輪を作り、ロープの先端を通して引っ張るだけです。原理上、獲物を引っ張る距離の3倍の距離を引く必要があるため、使用するロープは十分な長さ(20mぐらい)の物を利用しましょう。

ワイヤーにフックを掛けて水平拘束する

 柄の先がカギ状になった鳶口(とびくち)や、小型ボートを係留するアンカーフックを使い、スネアに引っかけて拘束する手段もあります。

垂直拘束

 獲物を左右から引っ張って動きを封じる水平拘束に対して、ワイヤーやロープで吊り上げる方法は垂直拘束と呼ばれます。箱わなでは天井からワイヤーを入れて、獲物の首や上あごをくくるようにします。

 持ち手側のワイヤーは木の枝や丈夫な梁などに引っかけて体重をかけて引っ張り、獲物の前足を浮かせるようにします。こうすると急所となる胸元が露出するため、ナイフによる止め刺しがしやすくなります。

くくりわなのワイヤーを吊り上げて転ばせる

 くくりわなで拘束用ロープが頭や足にかけられない場合は、リードにロープをかけて高い位置に固定し、スネアがくくりついた足を掬い上げる方法が効果的です。この方法だと四つ足動物は仰向けに転んで動けなくなります。

 スネアにロープをかける方法は、まずロープの先端をハングマンズノット等で輪を作り、ワイヤーに向かって投げます。輪をフックや枝で引き寄せて再度ハングマンズノットを作り、ロープを引くことでスネアにロープを結び付けることができます。

殴打による昏倒

 獲物の動きを封じる方法で一般的なのが、棍棒などで獲物の頭部を殴打する昏倒です。くくりわなにかかったイノシシは突進してくるため、ワイヤーが伸び切って動きが止まった瞬間を狙って殴打します。

殴打するのは脳天か後側頭部

 殴打は棍棒を真っすぐに振り下ろして、獲物の耳の間(脳天)を正確に狙うようにしましょう。小さな獲物であれば衝撃に弱いためすぐに昏倒しますが、大型の獲物の場合は狙いが悪いとなかなか倒れません。何度も殴打すると獲物のストレスも大きくなるため、なるべく一撃で昏倒させるようにしましょう。
 なお、脳天が狙えない姿勢になっている場合や、角が邪魔で脳天を狙えないオスジカの場合は、首の付け根(後側頭部)を斜めに打ち下ろすようにします。

覚醒する場合もあるので注意

 昏倒したイノシシは、目を上向きにして痙攣します。対してシカは、目をつぶって倒れます。この状態はあくまでも“気絶”しているだけなので、ワイヤーや拘束ロープを緩めると覚醒する可能性があります。素早く急所を刺して確実に失血死させましょう。

棍棒の長さは人の丈~2m

 殴打に使う棒は、山に転がっている適当な枝では丈夫さがまったく足りないので、あらかじめ鉄棒や樫などの固い素材の棒を用意しておきましょう。
 棍棒の長さや重さは人により様々ですが、できるだけ獲物へ接近しなくても良いように、人の丈~2m程度の長さがオススメです。重さは、重ければ重いほど打ち下ろしたときの衝撃が増しますが、操作性は悪くなります。もし棒を加工できる工具があるのなら、野球のバットのように重心を先端に集めるように削ることで、操作性が向上します。

電気ショックによる昏倒

 電気ショックは、電極を獲物に刺し込んで電気を流し、感電により獲物の動きを封じる方法です。電気ショックは電流を流し続けると心臓を停止させることができますが、それだけだと運搬中に蘇生する可能性があります。よって電気ショックを使った後は必ず急所を刺して失血死させましょう。

電気ショッカーの仕組み

 電気ショッカー(電殺器)は、先を尖らせた電極棒を持ち手の棒にくくりつけて、バッテリー(主にバイク用・DC12V、6A)と昇圧器(主にAC100V、定格300W)、ON/OFFスイッチを直列に繋いで出来ています。
 電気ショッカーは自作できますが、電極部分の加工が難しいことと、棒と電極の接合部に強度が必要なので、罠専門メーカーのキットを使うのがオススメです。

電気ショッカーを使うさいの注意点

 電気ショッカーは扱い方を一歩間違えれば自分が感電してしまうほど危険性の高い道具です。そのため電気ショッカーを使うさいは、必ず絶縁性の手袋ゴム長靴を着用しましょう。また漏電を防ぐために雨の日は使用してはいけません。

箱わなでの使用方法

 箱わなで電気ショッカーを使用するさいは、まず片方の電極を檻に取り付けてアースを取ります。電極は檻にしっかりと噛むようにワニ口クリップにし、檻の絶縁性塗料(ペンキなど)を削いで抵抗を少なくしておきましょう。

くくりわなに使用する方法

 くくりわなで電気ショッカーを使用する方法には、電極を2本差し込む両電極タイプを使用する方法や、フック状になった電極を獲物がつながれているワイヤーに引っかける方法、また、電極を噛みつかせる方法などがあります。

刃物による止め刺し

 獲物を拘束、または昏倒により無力化したら、なるべく早めに獲物の急所を突いて絶命させましょう。

刺す場所

 急所は、心臓もしくは心臓に近い血管です。前脚の付け根あたりに勢いよく刃先を刺し込み、素早く抜いて心臓や血管を切断しましょう。
 上手く急所を突けていたら、傷口から脈動と共に血が流れ出てきます。もし血が流れなくても、呼吸が徐々に荒くなっていれば致命傷を与えているので、しばらく様子をみましょう。

止め刺し用ナイフ

 獲物の胸元から大きな血管までの距離は8cm程度と言われているので、ナイフの刃先は11cm(3寸)程度あれば十分です。ただし11㎝程度だとかなり獲物に接近しないといけないため、ハンターの間では25㎝(6寸5分)がよく使われています。
 止め刺し用のナイフには、固い野生動物の皮を突き破る鋭い刃先(クリップポイント)を持つタイプで、急に獲物が暴れても手先が狂わないようにフィンガーガード・フィンガーグルーブが付いたものを選びましょう。

ナイフをヤリ状にして使用する

 箱わなで檻の目からナイフを刺し込みにくい場合は、ナイフに柄を付けてヤリ状にして使用することもあります。特に袋ナガサと呼ばれるタイプは、中空になっている柄に棒を差して使用できるため、多くのハンターが愛用しています。

 ナイフを棒にくくり付けてヤリ状にする場合は、まずハングマンズノットで柄の先を固定し、クローブヒッチを繰り返して締めこんでいきます。最後にナイフと棒の間にロープを巻き付けて固定すると、ガッチリ固めることができます。

槍を使うときの補足

 法律上「やり」と呼ばれる道具は、銃刀法により警察署への届け出が必要になります。しかしナイフを取り付けただけの道具は「やり」では無いため、届け出の必要はありません。また、鋼鉄の角棒の先端を尖らせた槍も、刃渡りが5.5㎝未満であれば杭(パイル)なので、届け出の必要ありません。
 ただし、これらの道具を狩猟以外の目的で携帯・運搬していた場合は、銃刀法違反に抵触します。止め刺し用道具は車に積みっぱなしにせず、狩猟時以外は必ず自宅で保管しましょう。

銃による止め刺し

 銃による止め刺しは獲物に接近する必要がないため、最も安全性の高い方法とされています。しかし、流れ弾や跳弾といったリスクはあるため、使用するさいは必ず周囲を確認しましょう。

銃を使用する際の条件

 罠猟では、罠で捕獲した瞬間から『野生動物は罠を仕掛けた人の所有物(家畜)になる』とされているため、銃による止め刺しはできませんでした(※家畜の殺傷は「屠殺」になるため、狩猟や有害鳥獣駆除の用途で申請した銃は使用できなかった)。しかし近年、罠の止め刺しでハンターが死傷する事故が多発したことから、下記要件を満たす場合に限り銃による止め刺しが可能になりました。

  1. 罠にかかった鳥獣の動きを確実に固定できない場合であること。
  2. 罠にかかった鳥獣が獰猛で、捕獲等をする者の生命・身体に危害を及ぼす恐れがあること。
  3. 罠を仕掛けた狩猟者等の同意にもとづき行われること。
  4. 銃器の使用にあたっての安全性が確保されていること。
  5. 狩猟の場合は、銃による止め刺しを行う地区で銃猟の狩猟者登録を受けていること。有害鳥獣駆除等である場合は、銃器による捕獲許可や認定を受けていること。
  6. 狩猟の場合は、止め刺しを行う場所が特定猟具使用禁止区域(銃禁エリア)でないこと。

 上記の「確実に」や「獰猛」といった条件は非常にあいまいな表現なので、あらかじめ地区の鳥獣管理担当窓口に確認を取っておくと良いでしょう。

銃で狙うポイント

 罠の止め刺しでは、眉間を狙うと額の骨で弾がそれて跳弾になる危険性があるので、横を向いたタイミングで目の後ろ指2本分ぐらいの位置を狙います。箱わなで使用するさいは、銃口を檻に乗せて照準を安定させて発砲しましょう。

窒息による止め刺し

 タヌキやアライグマといった小型箱わなでは、窒息による止め刺しが行われます。一般的には箱わなごと水に沈めて溺死させる方法が取られますが、水場が使用できない場合は、首をくくった垂直拘束から負荷をかけて絞殺する方法が取られます。

窒息させる時間

 窒息させる時間は短すぎると息を吹き返す可能性があるので、最低でも5分間は漬けておきましょう。一見残酷な止め刺しのように思えますが、窒息は失神するまでの時間が短いため、比較的負荷が小さい方法とされています。

まとめ

  1. 罠にかかった獲物の状態・周囲の状況は千差万別。まずはリスクの確認と対策を考える
  2. 止め刺しに入る前に、ロープやワイヤーで獲物を拘束、または殴打や電気ショックで獲物を昏倒させて、動きを封じる
  3. 止め刺しの方法は大きく、ナイフ等による失血死、銃殺、または窒息死

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この記事を書いた人

東雲 輝之のアバター 東雲 輝之 株式会社チカト商会代表取締役・ライター・副業猟師

当サイトの主宰。「狩猟の教科書シリーズ」(秀和システム)、「初めての狩猟」(山と渓谷社)など、主に狩猟やキャッチ&イートに関する記事を書いています。子育てにも奮闘中。

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