ジビエといえば、ロースやモモ肉を思い浮かべる方が多いでしょう。 しかし、猟師だけがこっそりと楽しんでいる、「市場には出回らない絶品部位」があることをご存知でしょうか?それは、一般の方にはまず手に入らない、通称「ねぶり」と呼ばれる部分です。今回は、手間暇をかけた解体をした時にしか現れない、この幻の賄い料理についてご紹介します。
この記事のまとめ
- 「ねぶり」はイノシシの皮目にへばりついている「皮下脂肪と薄い赤身肉」のこと。
- 「ねぶり」は良質な脂身とコラーゲンが合わさり、加熱するとねっとりと甘い旨味が溢れ出す。
- 毛根の黒い点が残るため、一般的には流通しない。
- 「焼き剥ぎ」や「湯剥き」といった、皮を残したまま熟成させる特殊で手間のかかる処理が必要。
皮から取れる希少部位「ねぶり」

「ねぶり」とは、イノシシの皮目にへばりついている「皮下脂肪と薄い赤身肉」のことです。
この部位の最大の魅力は、なんといってもその強烈な旨味にあります。
もともとイノシシの脂身は融点が低く非常に良質なのですが、「ねぶり」にはそこにコラーゲンたっぷりの組織が加わります。
そのため、加熱するとねっとりとした甘い脂が溢れ出し、濃厚なコクを生み出すのです。
語源は「皮をねぶりまわす」
「ねぶり」という呼び名は、筆者が住む九州地方のごく一部で使われている言葉であり、おそらく正式な名称はありません。
語源は「舐めまわす」という意味の「舐る(ねぶる)」から来ていると考えられます。
皮に残った肉を、まるで舐めるように刃物でこそぎ取る様子から名付けられたのでしょう。
お酒で炊いてストックしておく

「ねぶり」は40~50kgのイノシシから約1kgほど取れます。
どんな料理にも使えますが、脂肪分が多いため、あまり食べすぎるのはおすすめできません。
そこで、「一度、酒で煮込んでストックする」方法で調理しましょう。
- 大鍋に「ねぶり」を入れて火にかける。
- 脂が染み出し、じゅうじゅうと焼けてきたところで、ワインや日本酒を投入。
- 一気にアルコールを飛ばして臭みを消し、蓋をして約1時間煮込む。
こうして下処理した「ねぶり」は、くたくたに柔らかく仕上がっています。
これを1食分ずつ小分けして冷凍しておけば、使いたい時に解凍するだけで様々な料理に活用できます。
アレンジ自在の食べ方

下処理したねぶりの調理方法は自由自在です。
そのまま塩胡椒で香ばしく焼けば、「ふるふる」とした独特の食感が癖になる最高の酒の肴になります。
野菜と一緒に煮込めば、脂が溶け込んだ濃厚なシチューに早変わりします。
「ねぶり」は柔らかいため、スネ肉などの少し歯ごたえのある部位と一緒に煮込むと、食感の対比が生まれてたまらなく美味しくなります。
いわゆる猟師の「賄い飯」
かつて、商品価値のなかった内臓を使った「もつ煮込み」が生まれたように、この「ねぶり」もまた、剥皮した後の皮に残った肉を余さず食べるために生まれた「猟師の賄い飯」です。
余談ですが、マグロの「ネギトロ」も、中骨や皮から身を「ねぎ取る」ことを名前の由来とした、寿司屋のまかない料理でした。
イノシシの皮から身と脂をこそげ取った「ねぶり」は、まさに「ジビエ版ネギトロ」。
狩猟の現場にいる猟師にしか味わえない味なのです。

「ねぶり」はなぜ市場に出回らないのか?
「こんなに美味しいなら売ればいいのに」と思われるかもしれません。 しかし、この「ねぶり」が一般市場に出回らないのには、2つの大きなハードルが存在します。
見た目の問題

「ねぶり」は皮のギリギリ内側を削ぎ取るため、どうしても毛根の黒い点が脂身に残ってしまいます。
この毛根は味には全く影響しませんし、衛生上の問題もありません。
しかし、事情を知らない方が見ると「ゴミが付いているのでは?」「カビが生えているのでは?」と誤解を与えかねない見た目をしています。
そのため、商品として一般流通させるのは非常に難しいという側面があるのです。
特殊な解体技術が必要

通常のイノシシの解体では、効率を重視して、毛の付いた皮ごとナイフで剥ぎ取る方法が一般的です。
しかし、この方法だと大切な皮下脂肪やコラーゲンが、熟成される前に空気に触れて乾燥してしまうため、「ねぶり」本来の濃厚な味わいを残すことができません。
この部位を最高に美味しく食べるためには、「皮を残したまま」熟成させる必要があります。
そのためには、九州地方で古くから行われている「湯剥き」や、沖縄やポリネシアなどの南国で行われている「焼き剥ぎ」と呼ばれる手間のかかる方法で処理するしかないのです。
命を余すところなく頂く
「焼き剥ぎ」や「湯剥き」は、通常の解体に比べて非常に手間と時間がかかります。
しかし、そうすることで美味しい脂を守れるだけでなく、皮そのもののコラーゲンも摂取できる、非常に理にかなった方法でもあります。
見た目は少しワイルドですが、その味は格別。
もし、どこかのディープなジビエ店や猟師の集まりで「ねぶり」に出会うことがあれば、見た目に驚かず、ぜひ食べてみてください。
イノシシ肉が持つ本当の濃厚さと、命を余さず頂くことの豊かさを体験できるはずです。
まとめ
- 「ねぶり」はイノシシの皮目にへばりついている「皮下脂肪と薄い赤身肉」のこと。
- 「ねぶり」は良質な脂身とコラーゲンが合わさり、加熱するとねっとりと甘い旨味が溢れ出す。
- 毛根の黒い点が残るため、一般的には流通しない。
- 「焼き剥ぎ」や「湯剥き」といった、皮を残したまま熟成させる特殊で手間のかかる処理が必要。
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