車両で移動しながら獲物を見つけ出せ!現役プロ猟師が語る『流し猟』の極意

 三重県の最西部、周囲を深い山並みに囲まれた町に住む『りょう』さんは、野生鳥獣を捕獲するベテランの職業猟師です。年間200頭もの獲物を銃で捕獲するりょうさんの『流し猟』とは、はたしてどのような狩猟スタイルなのでしょうか?

目次

Q1.「流し猟」ってどんな猟法なんですか?

A.車などに乗って獲物を探す猟です。

 流し猟とは、車両で林道などを走行しながら獲物を探す猟法です。もともとはアフリカの「サファリハンティング」のように、広大な土地を車で移動しながら獲物を探すスタイルを指し、日本では北海道でエゾジカを狩る猟法を意味していました。しかし現在では本土でもシカが激増したため、この流し猟というスタイルが一般化してきました。

流し猟にはメリット・デメリットがあります。

 流し猟の最大のメリットは探索範囲を広げられることです。忍び猟で山を歩く距離の何百倍もの範囲を調べられるので、そのぶん獲物を発見できる可能性は高まります。さらに、ある程度天候が悪くても出猟ができますし、体にも負担が掛かりにくい。年をとるほど『ありがたみ』が増してくる猟法です・・・。

 ただし、流し猟にはデメリットもあります。例えば、走行中の車両から獲物を探していると、事故を起こす危険性があります。また、”効率の良さ”だけで流し猟ばかりしていると、猟師に必要なスキルが成長していかないように思います。
 これは私事ですが、私は運転が好きではないので、流し猟自体に楽しさは感じられません。逆に言うと「のんびりドライブしながら狩猟がしたい」という人にとってはメリットになるのではないかと思います。

簡単そうなイメージですが、意外と奥深いです。

 「流し猟」という言葉を聞いたベテランハンターさんの中には、「たまたま出くわしただけだろ?そんなの猟じゃないよ」と言ってくる人もいます。・・・いやいや、これはこれで奥が深いものです。
 例えば、下の絵を見てください。この絵から1つだけ違う文字を10秒以内に見つけることはできますか?

 流し猟はこの絵のように、視界の中から”違和感”を制限時間内に探し出すテストのようなものです。木や枝に隠れた獲物の姿、または痕跡を、移動する車内から「パッ!」と見つけ出すことができるか・・・そこが流し猟の肝とも言えます。

獲物の発見後の判断力も重要です。

 また、獲物を見つけた後も、『どのように射撃をするか』をすぐに判断しなければなりません。ご存知の無い方に向けて少し法律の話をしますと、日本の法律では車両内や道路上からの発砲は違法です。よって、獲物を発見したら、まず「どこに車を停めるか」、「獲物に気付かれないようにどうやって車を降りるか」、「道路から離れてどこで銃をカバーから取り出すか」、「射撃する方向には道路や民家などが無いか」・・・などをシュババッ!と判断しなければなりません。この判断が遅いと、車を停めることができずにそのまま獲物の横をスル~しちゃったり、マゴマゴしている内に逃げられてしまったり、なぜか獲物の横に止まってしまい「お、おはようございま~す」なんてこともあります(笑)

流し猟で得た情報は、忍び猟にも役に立ちます。

 流し猟は効率的な猟法だけでなく、傾向を調べるのにもってこいなんです。流し猟では、例えば、足跡、食み跡、掘り跡、糞といった痕跡を広範囲で見つけることができます。この痕跡を、以前来た時の状況と対比して考えることで、大まかな野生動物たちの行動の変化を知ることができます。このように傾向を探ることができれば、「獲物の居そうな場所」を絞ることができるというわけです。
 このように、流し猟で得た情報は忍び猟にも役立てることができます。また、予想した場所に獲物がいたときの快感は、ピースをひとつひとつはめてパズルが解けたような楽しさに似ています。

Q2.「流し猟」の一日を教えてください

A.こんな感じです。

 流し猟は、何のアテもなく移動していてはガソリン代がかさんで、ただでさえ安い報酬がさらに減ることになります。なので、事前に予想をすることが重要です。
 まず、日の出1時間前には起きます。しっかりと目を覚ましたら頭をフル回転させて、季節や天気、気温、月齢、風、霧、また先ほどお話した獲物たちの痕跡などの要素を考慮して、『獣たちの今日の動き』を考えます。そして、数ヶ所ほど回る場所を決めたら車に乗り込んで、”答え合わせ”です。

予想した場所にいた場合

 予想通り獲物を発見することができたら、まず「手前で止まる」か「通り過ぎて止まる」または「止まらず通り過ぎる」を瞬時に判断します。
 次に獲物が、「どのように」逃げるか「どこに」逃げるか「どうやって」逃げるかを見ます。獲物が「近くで止まりそうだ」と判断したら、ドアは開いたまま(もしくは半ドア)そっと降ります。このときエンジンは切りません。エンジン音で足音を消しながら、ゆっくりと近づいていきます。

予想した場所にいなかった場合

 そのまま忍び猟に切り替えるか、気になったエリアを流してみるかを考えます。先ほど述べたように、流し猟ではあまり無意味に走り回っていてもガソリン代がかさむだけですが、まったく想定していなかった場所で新しい発見をすることもあります。このときかかったガソリン代は、将来に向けての投資になります。

天候によっても変わってきます。

 流し猟は、日の出すぐと日の入り前の時間帯に行います。これは前回の『忍び猟編』でお話したように、この時間帯は獣が山から下りてくるので、車道付近に出てきやすいためです。
 また天候によっても、流し猟を行う時間が変化します。例えば、前夜が満月で雲も無かったとしたら、流し猟は早々に終了して忍び猟にシフトします。これも前回お話したように、明るい夜は獣の動きが活発化し、早々に山の中へ帰っていくためです。
 逆に、小雨や霧雨のときは流し猟を長めにします。このような天候のときは、鹿の場合は空が見えるような平地、もしくは草などがあまり無いようなところに出ていたりします。警戒心が緩むのかよくわかりませんが、丸見え状態のときもよくあります。

Q3.獲物を発見するポイントってなんですか?

A.全体視と集中視を使い分けることです。

 動物の目には、両眼視野単眼視野という2種類の視野があります。このなかで両眼視野は立体で物を識別することができるため、対象を識別しやすくなります。対して単眼視野は動いている物を識別しやすいといった特徴があります。
 シカの視野を調べてみると、人間に比べて両眼視野は狭く、単眼視野は広くなっています。前回にお話した通り、シカはこちらが動かないと識別しにくいのは、おそらくこの視野の違いが影響しているのだと思われます。
 さて、流し猟ではこの視野の使いかたが重要になります。まず、獲物を探すときは、視線をキョロキョロ動かして観るのではなく、風景全体を眺めるようにして視野を広く取りましょう。そして、何か少しでも『動いている物』を感知したら視線移動して観察します。このように目を二段階に使うことで、獲物の発見率はグッと高まります。

獲物の造形を覚えて認識力を磨くこと

 流し猟について2つ目の重要なポイントをお話する前に、次の絵から1つだけ違う文字を10秒以内に見つけ出して下さい

 いかがだったでしょうか?この絵は、先ほど出したテストを逆にしたものですが、おそらく多くの人は始めのテストよりも簡単に仲間外れを見つけられたのではないでしょうか?
 これはあなたが「知」という漢字を”知っている”からです。「知」の字を反対にした前回の画像では、その記号が見慣れない造形なので認識力は低下します。しかし、正常体の「知」という記号は普段から見慣れている造形なので認識しやすい、というわけです。

 流し猟においても、この『造形に見慣れておく』ことは非常に重要です。例えば、獣の正面や側面のシルエット、毛の色、角の形、動き方などです。こういった獲物の造形をパターンとして認知しておくことで違和感を発見するスピードが増し、流し猟の効率が高くなるというわけです。
 もちろん動物の造形は、場所や陽のさし方、天気などで見え方が全然違うし、自分のコンディションや集中力によっても発見率が変わってきます。

ところで。上の写真にはシカが映っています。シカの造形に慣れている人なら、結構簡単にわかるはず。答えが判ったら画面を下にスクロールしていってください。

(答え)

 いかがだったでしょうか?シカのお尻には白い毛があります。夏毛は木々の間から陽がさすようなところでは見えにくく、冬毛は薄暗い場所に馴染むような毛色になっています。このように獲物の造形を知ることで、体全体が視界に入っていなくても瞬時に獲物を発見することができます。
 ただし注意として、射撃をするときは必ず獣であることを確証させましょう。以前、白くヒラヒラした物が視界に入ったのでシカだと注視したら、なんと暗い色の服と白い軍手を付けた人でした。一瞬でも「シカだ」と思った自分にゾッとした経験でした。

Q4.「流し猟」で注意することはありますか?

A.落下物には注意しましょう。

「道路上で発砲してはダメ」といった法律を守るのは当たり前のこととして、流し猟では獲物以外にもよく見ておかなければならないことも多くあります。例えば落石や倒木。特に台風などの荒天後には道路のそこら中に岩や木が転がっています。
 以前なんて墓石が転がっていたこともあります。初めは石屋さんの落とし物かと思いましたが、後に聞いた話によると「転がり方」が面白いのか、イノシシがときどき墓石を転がして遊ぶそうです。

 脱輪にも注意が必要です。よそ見をしながら運転をしていてタイヤが溝にはまったりすると、他の車に引っ張り上げて貰わなければなりません。流し猟で大事なことは危ないところでは止まること。獲物を獲ろう獲ろうと欲を出しすぎないように注意しましょう。

野生動物とのニアミスも増えています。

 特に霧が出ていたりすると、シカとの”ニアミス”が増えます。シカを探していたらシカに突っ込まれて、「報奨金よりも車の板金代の方が高くついた」・・・なんてことも起こりうるので注意しましょう。
 余談ですが、私はよく友達の運転で夜釣りに行くのですが、その道中でよくシカを見かけます。しかし運転している友人は、飛び出して来そうになるシカに全然気づかない。そして私が「シカいるよ!!」と叫んでブレーキを踏むことがよくあります。
 最近になって、このような野生動物との衝突事故が後を絶ちません。実際に友人は過去に何度かシカに突っ込まれたことがあるそうです。また知り合いの車屋さんの話によると、野生動物が原因で廃車になることが最近増えているとのこと。野生鳥獣被害は農林業ばかりが注目されていますが、こういった交通事故も深刻な問題です。

Q5:狩猟車は何に乗っていますか?

A:軽の箱バンに乗ってます

『獲物を積む小さい荷台付きで、パートタイム4WDのデフロック付き、ウインチやユニックのような装備のデッキバン』・・・を探していたのですが、理想の車はどこにも見つからない。しかも、そのとき乗っていた車が故障してしまったので「もう箱バンで良いや」と車屋さんにお任せしたら、日産クリッパーになりました。2WDです・・・。
 しかし、これはある意味で良かったなと思います。なぜなら、2WDだと『無茶な場所には入っていけない』。なので、歩いて様子見をすることが増えました。結果的に流し猟で獲物の痕跡を見つけて、忍び猟の成功率を上げるといった、現在の複合的な狩猟スタイルを作り上げることができました。もし、山の中にもゴリゴリ入っていけるような車に乗っていたら、今のスタイルとはちょっと違っていたかと思います。

軽トラではない理由は、趣味の魚釣りを優先させているからです。

「なぜ軽トラではないのか?」とよく聞かれますが、その答えは「釣竿が積めないから」です。荷台に積めば良さそうに思えますが、竿が傷んだり盗難の心配があるので車内に入れておきたいのです。また、色んな釣りをするので竿の長さも様々。魚によっては何本も持ち歩くことがあるので、狩猟よりも趣味の魚釣りを優先させているというわけです。まぁ・・・軽トラは地域の方々から借りることもできるので、必要なときは甘えてます。

軽バンでの獲物の運び方

 箱バンだと獲物を運べ無さそうに思われますが、コンクリートを練るために使用するトロ舟に乗せることで、獲物を室内に入れることができます。ただ、今使っているトロ舟は80サイズで、大きい獲物だとギリギリ1頭、小さめの鹿で3頭ぐらいしか入りません。以前、鹿を3頭むりやり積んだら荷崩れを起こして車内が大惨事になりました。それからは無理そうな時は往復して運ぶようにしていますが、それでも横着をして何度か惨事を起こしてます。
 

バイクの流し猟も、結構良いものです。

 ちなみに、以前はスーパーカブで流し猟をすることがほとんどでした。小回りが利くし、停めておいても邪魔にならない。視界も広々です。ただ、獲物を運搬するのが少々面倒なのと、体が”冷える”お年頃になったので、暖かいときぐらいしか乗らなくなりました。
 毎日カブで廻っていたので、車で見廻りをし始めたら「あんたどこの猟師さん?」と言われることもありました(笑)。猟師にとって使っている車両はシンボルになることも多いので、ステッカーなどを張ったりしています。

Q6.流し猟に何を持っていきますか?

A.補給品や、重い物や、かさばる物です。

 原付で出猟するときは忍び猟と同じですが、車で出猟するときは飲食物、衣類、タオル、ロープ、ライト、虫除け・虫刺されの薬、埋設道具、トロ舟などを載せています。忍び猟では、車まで戻ったら補給して次の猟場へ、みたいな移動基地扱いになります。
 あとは予備の物などもけっこう積んでいます。袋類、有害用の書類、ペイントスプレーなどですね。これらは家に置いておけば良い物なのですが、けっこうな”忘れ物屋さん”なので積んであります。さすがに夏場はスプレーだけは降ろしておきますけど。
 お肉の注文が入ったときは、普通に引っ張って山から出すと痛みが激しくなるため、運搬用に作ったソリを持っていきます。これはプラスチックドラム缶を半分に切ったソリで、普通のソリよりも山の中で転がりにくいので重宝しています。

まとめ

  1. 流し猟は車に乗って林道を走り、獲物を見つけて撃つ猟法
  2. 動いている乗り物から獲物を見つけるのは、瞬時の判別能力がモノを言う
  3. 世の中にはバイクや原付で流し猟をするハンターもいる

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この記事を書いた人

りょう@東 良成のアバター りょう@東 良成 専業猟師・ライフルマン

三重県紀和町に住む専業猟師。年間200頭以上の獲物を捕獲しています。主に銃に関する知識や野生鳥獣被害について、Twitterで発信中 。

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