

前々回、『猟師(プロハンター)の存在意義を・・・』の記事をエントリーしたところ、「駆除従事者は街中に出てきたクマを撃つと違法になるのか?」というご質問を多くいただきました。これについて結論から言うと、駆除に同行していた警察官から『警職法第4条』の適用を受ければ、例え街中で射撃をしたとしても刑事責任を問われることはありません。
そこで今回は警職法第4条について、前回の記事の補足と併せて、詳しく見ていくことにしましょう。
この記事の3つのポイント
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警職法第4条は、警察官が民間人に対して行動を”命令”できる法律。命令を受けた民間人の行動は、刑事責任は追及されない。
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警職法第4条の”命令”は義務ではない。例えば、射撃の命令を受けたプロハンターは、自身の判断で命令を拒否できる。
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2018年北海道のライフル銃取り消しの件は、警職法の適用を受けていたのか判断しえない。
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警職法第4条とは?
警察官職務執行法 第四条
警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な事態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虞のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危険防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。
2 前項の規定により警察官がとつた処置については、順序を経て所属の公安委員会にこれを報告しなければならない。この場合において、公安委員会は他の公の機関に対し、その後の処置について必要と認める協力を求めるため適当な措置をとらなければならない。
警察官職務執行法 https://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/keishoku-hou.htm
警職法第4条による”命令”を受ければ、責任は問われない
警察官職務執行法(警職法)第4条を簡単に説明すると、『天災や人災などの災害発生時においては、警察官はその場にいる民間人に対して、危険防止のために必要な行動を”命令”できる』という法律です。
このとき命令を受けた民間人は、それが通常は違法とされる行動(例えば住宅街での猟銃の発砲)であっても、『公安委員会から命令されて行った行動』と解釈されるため、刑事責任に問われることはないとされています。
H24に『熊の出没』でも適用されるという通達が出された
警職法の条文には、『狂犬、奔馬(制御の効かない馬)の類等の出現』と書かれており、『クマのような凶暴性がある野生動物』については明言されていません。しかしこれについては、平成24年4月に警察庁から各都道府県公安委員会などに出された通達に、次のような記述が残されています。
「熊等が住宅街に現れ、人の生命・身体に危険が生じた場合の対応にお ける警察官職務執行法第4条第1項の適用」に関する通達
平成 24 年4月 12 日付け警察庁生活安全局保安課長・長官官房総務課
(前略)
現実・具体的に危険が生じ特に急を要する場合には、警察官職務執行法(警 職法)第4条第1項を根拠に、人の生命・身体の安全等を確保するための処置 として、警察官がハンターに対し猟銃を使用して住宅街に現れた熊を駆除する ように命じることは行い得るものと解される。
(後略)
長からの通達 https://www.env.go.jp/nature/choju/plan/plan3-report/h24report_kuma.pdf
警職法第4条が適用される例
では、住宅街に”凶暴な生物”が出現したとして、駆除隊員はどのように行動を取るべきなのか、その例をいくつかに分けて見てみましょう。
発砲の必要性を提案→警職法4条の適用→発砲

上の例は、駆除隊員が住宅地付近で発砲をしたとしても、公安委員会から『命令を受けて行った行動』と判断されるため、駆除者自身が鳥獣保護管理法違反や銃刀法違反で刑事責任を問われることはありません。
ただし、ここで理解しておかなければならないのが、公安委員会の”命令”は、発砲を義務付けるものではないということです。次にその例を見てみましょう。
警職法4条の適用により命令→命令を拒否

この例のように、警職法第4条により命令を受けたとしても、駆除を実施するプロハンターが「発砲の必要性がない」と判断すれば、その命令を拒否できます。当然ですが、ここで駆除従事者が命令を拒否したからといって、刑事責任に問われることはありません。
『プロハンターとして判断』

”プロハンターの判断”には、上のような行動も考えられます。そして、この『判断』こそが、プロハンターに最も求められているスキルだといえます。
前々回の記事でも述べた通り、駆除の現場における『鳥獣捕獲のエキスパート』は警察官や行政職員ではなく駆除従事者です。なので、「銃の発砲がその時点で最も適当な対応か?」を最終的に判断するのは、駆除従事者にあるといえます。
今後日本において、”猟師”という仕事が成り立つ理由は、「ジビエがブームだから」とかではなく、駆除の現場においてプロの判断ができる専門家の需要が高まっているからなのです。
『住宅街に猛獣出現』のフローまとめ

ここまでで、住宅街などに猛獣が出現した場合における行動フローをまとめておきます。ただし上述の通達では、駆除従事者が警職法の適用を受ける際の『注意・留意事項』が書かれているので、プロハンターとしてはここもしっかりと把握しておき、その場その場で最適な行動を自分自身で決めなければなりません。
- 警職法の適用は、現場にいる警察官が判断するので、電話などで命令を受けることはできない。
- 駆除対象が襲い掛かってきたなどの場合は、警職法の適用を受ける前であっても、猟銃の使用を”認めざるおえない”と判断される場合がある。
- 夜間における発砲は、バックストップなどの安全性の確保・確認ができない限り警職法は適用されない。
- 警職法は、住居集合地等に仕掛けた檻にクマ類が入った場合の止めさしには適用されない。
- ライフル銃は原則として、住居集合地等では使用しないものとする。
- 警職法の適用は、追払いなどの他の方法では対応できず、銃猟以外に手段がない場合を想定したものである。
2018年北海道ライフル所持取消事案について
さて、今回の本題は以上になります。しかし前回の記事に関して、TwitterやDMで、「2018年に北海道で発生した件で、Iさんのライフル銃の所持許可が取り消しになったことについてはどう思うか?」という質問が多くありました。
その件については今回の話とは関係ない”余談”になりますが、一応、個人的な解釈を述べておきます。
例の件は、警職法の適用を受けていたのかわからない

2018年北海道の例の件については、一言で回答すると「わかりません」。 その「わからない」理由は上の四コマのように、当時Iさんが警職法第4条の適用を受けていたのかどうか、知りえないからです。
この事案についての情報ソースは、前々回の記事中で引用したニュースになりますが、そこには『警察立会いのもと現場で安全を確認した』や『市が依頼する形で駆除した』とは書かれていますが、『立ち合いの警察官から警職法の適用を受けた』とは書かれていません。もちろん、実際は警職法の適用を受けていたかもしれませんが、私は当事者ではないため、その真実を検証することはできません。
不起訴なのに銃所持を取消された件について
銃砲刀剣類所持等取締法第11条
都道府県公安委員会は、第四条又は第六条の規定による許可を受けた者が次の各号のいずれかに該当する場合においては、その許可を取り消すことができる。
銃砲刀剣類所持等取締法 http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=333AC0000000006#428
1 この法律若しくはこれに基づく命令の規定若しくはこれらに基づく処分(前条第一項の指示を含む。)又は第四条第二項の規定に基づき付された条件に違反した場合
「不起訴になったのに、ライフル銃所持が取り消されたのはおかしいのでは?」という意見も多く寄せられましたが、これについても「銃所持許可は公安委員会の判断で取り消せる」という法律がある以上、これに従うしかありません。「銃を所持させたくない公安委員会が仕組んだわなだ!」なんてことを言う人もいましたが、それは単なる誇大妄想です。
公安委員会は滅多なことで銃所持許可を取消したりしない(と私は思う)
これはあくまでも私個人の考えですが、基本的に公安委員会は銃所持を取消すようなことはしません。なぜなら銃取り消しに関する処理手続きは、公安委員会(特に窓口となる警察署の生活安全課)にとって、ものすごく面倒くさいからです。
公安委員会による銃取り消しのフローは、所轄警察署の生活安全課が起案者となり、都道府県公安委員会に上告されます。この行政処理に必要な書類は調書を含めて膨大であり、”嫌がらせ”でどうこうできる手間ではありません。
なので、警察署生活安全課は銃取り消しの行政処理を開始する前に、銃所持者に対して『自主返納』を求めるのが普通です。日本の公安委員会は、いい意味でも悪い意味でも”ことなかれ主義”だからです。
今回の事案では銃所持の取り消しまで話が”もつれて”いますが、私はおそらく、Iさんが所属する猟友会と所轄警察署の間で、何か別の件でトラブルがあったのではないか・・・と思っています。
もちろんこれについては何の根拠もない話なので、これ以上の言及は避けたいと思います。
おわりに
今回は『有害鳥獣駆除における警職法第4条』についてお話をしました。趣味の”狩猟”しかしていない人にとっては、全く関係の無い話ですが、『プロハンター(猟師)になるためには色々な法律の知識も必要だ』ということを覚えておいてもらえれば幸いです。
それでは今回はこのへんで。
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ニュースでは、
住宅付近で発砲。と、ありますが、映像をよく見ると、書面に
居宅に向かって。と、ありますね。
公安として取消しの理由は、矢先に家があったため。という事ではないでしょうか
鳥獣保護管理法第38条第2項の『住居集合地域においての銃猟はNG』は、”集合地域”という言葉の定義があいまいなんですよね。
なので、第2条3項の『弾丸が住宅に到達するおそれのある銃猟はNG』を適用したのだと思います。
第38条3項は、到達するおそれ。
ではなく、
建物に向かって、銃猟をしてはならない。
だと思います。
ちなみに、
ライフル銃は原則として、住居集合地等では使用しないものとする。
とは、どこに書いてありますか?何か通達でしょうか
法律の解釈では「弾丸が到達する恐れがない建物などに向かっての発砲」ですね。
ここの銃猟の制限をご確認ください。
https://www.env.go.jp/nature/choju/hunt/hunt2.html
「ライフル銃は原則として・・・」は、こちらの12pをご参考ください
https://www.env.go.jp/nature/choju/plan/plan3-report/h24report_kuma.pdf
街中を、熊さん徘徊しても、人さま襲わなければ、殺す必要ないでしょう。
ニュース記事では狩猟仲間の言として「バックストップがあった」との話もありますが、具体的に住居などから何度もしくは何m離れていれば発砲OK、という指針はあるのでしょうか?たとえば、足元まで来た獲物を撃ったとして、銃を水平にしたらその方向に家があった…なんていう場合も公安委員会の匙加減で起訴となるのでしょうか?
銃刀法には「何m」という具体的な指針はありません。
そもそも法律は完全にガチガチに造られているわけではなく、ある程度は自由が効くように「あそび」が設けられています。
「違法とされてはいないが、合法ともされていない」という、いわゆるグレーゾーンですね。
そしてこのグレーゾーンを、下準備や根回し、権威付けなどで“ブラック”と判定されないように調整するのが、プロの仕事になります。
もっと単純に言えば、公安委員会から「問題がある」と指摘される時点で、事前の調整に不備があったのだと言えます。
プロデューサーと呼ばれる人たちの仕事もそうなんですが、「プロ」と名の付く仕事は『プロアクティブ(問題が起こりそうな部分を事前に潰しておくこと)』でないといけないということですね。
なお、本エントリーは、件の真実を問うようなことはしておりません。
主題は「駆除従事者としてのプロの仕事はどうあるべきか?」であり、「本当に○○さんは違法を侵していたのか?」や「実は警察の陰謀だったのでは?」といった話をしているのではありません。
改めてご理解のほどをよろしくお願いします。
”管理”が入る前の鳥獣保護法では,住宅が密集する場所は以下の判例によっていました。
事件名「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律違反被告事件」
裁判年月日「平成12年2月24日」
法廷名「最高裁判所第二小法廷」
省略
判示事項「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一六条にいう「人家稠密ノ場所」に当たるとされた事例」
裁判要旨「人家と田畑が混在する地域内にあり、周囲半径約二〇〇メートル以内に人家が約一〇軒ある場所は、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一六条が銃猟を禁止する「人家稠密ノ場所」に当たる。」
最高裁判例ですし,今もこの判断かと。
◆ H12.02.24 第二小法廷・決定 平成9(あ)1299 鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律違反被告事件
判例 H12.02.24 第二小法廷・決定 平成9(あ)1299 鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律違反被告事件(第54巻2号106頁)
判示事項:
鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一六条にいう「人家稠密ノ場所」に当たるとされた事例
要旨:
人家と田畑が混在する地域内にあり、周囲半径約二〇〇メートル以内に人家が約一〇軒ある場所は、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一六条が銃猟を禁止する「人家稠密ノ場所」に当たる。
最高裁判例です。住宅集合地域の判断基準はこれでよろしいかと。