昨日は市民の方からの要請を受けて、アライグマの捕獲を行いました。
久しぶりの猟師としての活動です。
このアライグマの処理について、述べたい事があるのですが……昨今はAIの判定が厳しく、こういった話をするたびに「不快な投稿」として警告を受けてしまいます。
断言しますが、AIというのは「絶対に人類を幸福にすることはできません」。
これは「反AI」や「人間賛歌」といった話ではなく、AIの原理自体に理由があります。
既存のAIは、インターネット上にあふれる数多の言語を数値化し、「次の語句に続く可能性が最も高い文言」を確率的につなぎ合わせているに過ぎません。
そのため、これまで人類が「言語化」して蓄積してきた知識については、最速で「正しい答え」を出力することができます。
しかしながら、これは人間を「幸せにする」答えではありません。
なぜなら人類は未だに、何が自分たちの「幸せ」なのかを「言語化できていない」からです。
先日世間を賑わせた、読売巨人の阿部監督の長女がChatGPTに相談した事件は、その象徴たるものです。
父親との衝突に対し、AIは「児童相談所に相談する」という「正しい答え」を提示しました。
しかし、その回答を実行した結果、家族の誰も幸せにすることはありませんでした。
私が主催している狩猟ツアーでお客様に感想を尋ねると、多くの方が「言葉にできません」とおっしゃいます。
私はこの「言葉にできない」という「感度」こそ、「幸せ」の正体だと思っています。
そして、それらの経験が「言語化」された時点で、その感動は「正しい」か「正しくないか」という価値が付与されるのです。
今回のアライグマの処理で、私はこれまでにはない、
とある「感動」がありました。
しかし、この感動を言語化して書いた時点で、AIはそれを数値化して「不適切な内容」という価値をつけてしまします。
弊社は、「狩猟の感動を発信したい」という思いで、このFacebookページを運営しています。
しかし、全てを言語化しないといけない都合上、「感動を伝える」というのは構造上不可能なことなのだと、改めて思い知らされたのでした。




