銃の『撃ち上げ・撃ち下げ弾道問題』について調べてみると、色々と複雑な数式が出てくるため理解をあきらめてしまう方も多いのではないでしょうか?しかし、実を言うとこの問題は“ゼロイン”のことをしっかりと理解しておけば、決して難しい話ではありません。そこで今回はこの問題について数式などは使わずに、わかりやすく解説をしていきます。
『撃ち上げ・撃ち下げ弾道問題』とは?
本題に入る前に、まずは『撃ち上げ・撃ち下げ弾道問題』とはどのような内容なのか、おさらいをしておきましょう。
ケース1:ゼロインした状態で水平射撃をした場合の弾道
初めに、『ゼロイン調整をした銃』を『水平に構えて射撃』をしたとき、『ゼロイン調整した距離』における着弾点(弾が通る場所)はどの位置になるでしょうか?上図から「ココ」という場所を探してください。
正解は上図の通り『照準の中心』ですね。「ゼロイン調整をしている」ということは「ゼロイン調整をした距離で弾が照準の中心を通る」ということです。「照準の中心」というのは、例えばスコープであればレチクルの十字線(クロスヘア)の中心を指します。
もしこの時点で「よくわからない」という方は、まずは『ゼロイン』について復習をしておきましょう。是非、下ページをご参考ください。
ケース2:ゼロインした状態で撃ち下した場合の弾道
続いて。先ほどの銃を下に傾けて発射した場合を考えます。このときゼロインした距離において、弾はどの位置を通るでしょうか?上図から「ココ」という場所を探してください。
正解は『照準の中心よりも上を通る』です。正解しましたか?この問題が判らなかったとしても、のちに詳しく解説をするので気にしないでください。
ひとまずは『銃を下に向けて撃つと着弾点が上にズレる』ということだけ覚えておいてください。
ケース3:ゼロインした状態で撃ち上げた場合の弾道
では最後の問題。先の銃を今度は“上”に傾けて発射した場合、ゼロインした距離において弾はどの位置を通るでしょうか?上図から「ココ」という場所を探してください。
そうですね。
『下に傾ける』と着弾点が『上にズレる』のだから、『上に傾けたら』当然『下にズレる』………と思われがちですが、それは間違いです!!正解は下に傾けて撃った場合と同様に、弾道は“上”にズレます。
「え!?どうして?……なんだか弾が“浮かび上がっている”ように思えるぞ!?」と違和感を覚えた人は、この問題が持つ“パラドックス”にはまっています。
しかしご安心を。今回はこの撃ち上げ・撃ち下げ弾道における『着弾点が照準の中心から上にズレる理由』と『撃ち上げ・撃ち下げどちらでも“上”にズレる理由』を解説していきます。
『照準』の基本
前節で『撃ち上げ・撃ち下げ弾道問題』がどのような内容かお判りいただいたと思います。それでは次に、この問題を理解するうえで重要となる照準の考え方について、簡単に解説をします。
ケース4:ゼロインしていない状態で水平射撃をした場合の弾道
照準の説明に入るために、まず『ゼロイン調整をしていない銃』で考えてみましょう。上図の銃はゼロイン調整をしておらず、『照準器(スコープ)』と『銃身』が平行に取り付けただけの状態です。
それではこの銃で照準をまっすぐ水平に向けて引き金を引いたとき、弾はどのように発射されるでしょうか?
答えは上図のようになります。照準器と銃身は平行に向いているため、弾は銃口から水平に投射されます。発射された弾は重力により毎秒9.8mという重力加速度で落下していきます。
それでは、任意の距離Xにおける弾は、スコープ上ではどのように見えるでしょうか?
その答えを示したのが上図です。スコープのレチクル上では、弾は照準の中心から下を通ることになります。具体的にどの程度下になるのかは、発射された弾の初速と距離によって変わりますが、ひとまずこのケースでは、弾が照準の中心よりも上を通ることは絶対にありません。
ケース5:ゼロインしていない状態で撃ち上げ・撃ち下した場合の弾道
それでは、ゼロイン調整をしていない先の銃を、“真上”に撃ち上げた場合と、“真下”に撃ち下げた場合において、弾はレチクル上でどのように見えるでしょうか?
その答えが上図です。「弾はレチクルの中心を通る」と思われた方も多いと思いますが、それは間違い。実際の弾はレチクルの中心よりも少し下を通ります。
これはスコープが銃の上に取り付けられているためです。スコープの中心(照準の中心)と銃口中心には数センチほどの差があり、この距離を『照準器高(サイトハイト)』と言います。よってレチクル上で見える弾は、照準器の中心よりも照準器高分だけ“下”を通ることになります。
細かい話のように思えますが、『照準の中心(照準線)』と『銃口が向いている位置(銃身線)』、『発射された弾が飛んでいく軌道(弾道)』という3つの要素は、これからの話の中では欠かせない基礎知識となります。ゼロインを正しく理解するうえでも重要なので、しっかりと抑えておきましょう。
撃ち上げ・撃ち下げで弾道が“上”にズレる理由
それではここから『撃ち上げ・撃ち下げ弾道問題』について解説をしていきます。数学的な表現は一切使いませんが、ここまでで説明したケース1~5までの内容は理解しておいてください。
ゼロインした銃身は照準線に対して“斜め上”を向いている
さて、『ゼロイン調整をした銃』を『水平方向に発射』したとき、『ゼロイン距離(X)』において弾はレチクル上でどのように見えるでしょうか。
これはケース1ですでにお話した通り、弾は照準線の中心を通るわけですから、レチクル上では弾が照準線の中心を通ることになります。
では、そもそもこの“ゼロイン”はどのように調整するのか覚えてますでしょうか?
ゼロインは上図のように、照準の中心(照準線)に対して銃身を斜め上に傾けることによって調整することができます。
なお、図ではアイアンサイトを例にしていますが、スコープの場合はダイヤルを回して内部の照準線を傾ける仕組みになっています。
ケース6:ゼロインした銃を垂直に撃ち上げたときの弾道
それではゼロイン調整(距離X)をした銃を真上に撃ち上げた場合、弾はレチクル上でどのように見えるか考えてみましょう。
ケース5と同じ問題のように見えますが、『銃身は照準線に対して上に傾いている』という点が異なります。
このときの弾道は上図のようになります。“照準線”は“真上”を向いていますが、“銃身”は照準線に対して“斜め上”を向いているので、弾は斜め上に発射されます。
このときのレチクル上での見え方を示したのが上図です。発射した弾は射手の頭を超えて後ろに落ちてくるため、距離Xにおける弾はレチクル上で中心よりも“上”を通るように見えます。
ケース7:ゼロインした銃を垂直に撃ち下げたときの弾道
対照的に、真下に向けて撃ち下げた場合のレチクル上での見え方はどうなるでしょうか?
これもケース5と同じように見えますが、銃身は照準線に対して上に傾いているという点が異なります。
その答えが上図です。“真下”に照準を向けて撃ったとしても、銃身は斜め上を向いているため、レチクル上では照準の中心よりも上に弾が通ることになります。
水平に近づくほど上へのズレは0に近づく
ケース6,7で「垂直に撃ち上げ・撃ち下げすると上方向のズレが発生する」と述べましたが、この角度を水平に近づけていくと、上方向の誤差は“0”に近づきます。
これはゼロイン調整を水平で行っているためです。ケース4で説明したように、ゼロイン調整していない銃は『水平』に撃つと弾がレチクルの中心よりも大きく下を通ります。ゼロイン調整ではこの下方向のズレを“0”になるように銃身を上に傾けているため、ゼロイン調整した銃で撃ち上げ・撃ち下げを行うと、このとき補正した分、上方向にズレが生じるというわけです。
「着弾点のズレ」というのは、観測者視点の言葉である
さて、残るもう一つの問題である『撃ち上げ・撃ち下げどちらでも“上”にズレる理由』についてですが、実を言うと、ゼロイン調整をした銃はどの向きに角度を付けて撃ったとしても、弾は照準の中心よりも上を通ります。
極端な例として、下図のように『ブリッジをした状態で撃ち下した場合』を考えてみましょう。
このとき銃身は水平方向に対して斜め下を向いているため、弾は斜め下方向に向けて射出されます。よって、このケースでは“撃ち下し”なのに、照準線の中心よりも“下”を通っているように見えます。しかし、スコープを覗いている人から見ると、弾は照準の中心よりも“上”を通っているように見えます。
すでにお気づきかと思いますが、この『撃ち上げ・撃ち下げ弾道問題』における「着弾点が上にズレる」という表現は、“観測者の視点”でどう見えるか?という意味です。
難しい言葉を使うと、この問題は第三者視点から見た相対的な話ではなく、照準器の中心を基準座標系とした問題なのです。
“実際の問題”としての撃ち上げ・撃ち下げの問題
撃ち上げ・撃ち下げの弾道問題について解説は以上となりますが、最後に1つだけ考えてみたいテーマがあります。それは撃ち上げ・撃ち下げの弾道変化は、果たして「実猟にどれぐらい影響を与えるのか?」という点です。
弾道シミュレータで確認してみる
撃ち上げ・撃ち下げにおいて「具体的に何センチ着弾点がズレるのか?」という質問は、実は簡単に答えることができません。なぜなら、弾道は弾が発射される初速によって大きく変わり、さらに大気圧や気温による空気抵抗、また、照準器高(サイトハイト)によっても変わります。
そこで今回は、空気銃用の弾道シミュレータ―“Hawke Chairgun Pro”というスマホ用アプリを使って、『50m先から5mを撃ち下げた場合』と『30m先を45°で撃ち上げた場合』の2ケースを調査してみました。初速はどちらのケースも274m/s(いわゆるハイパワーPCPの初速)とし、気温20℃の1気圧下、照準器高は5.51㎝としています。
『溜池に浮かぶカモを堤上から撃ち下す』想定のシミュレーション
まず1つ目のシミュレーションとして『50m先から5mを撃ち下げた場合』の結果が下図の通りです。「高さ5m」というのは、『大きな溜池の堤上から水面に浮かぶカモを狙う』といったシチュエーションが、だいたいこのぐらいの高さになります。
三角関数の計算により、50m先から5mを撃ち下すときの角度は約5.7°になります。そこでHawke Chairgun Proには「-6」の角度を加えてシミュレーションをすると、撃ち下しで生じる上方向のズレは「約1㎜」という結果になりました。う~む…「1㎜」。実猟的に言うと「気にするほどでもないかなぁ?」という印象ですね。
『木の上に止まったヒヨドリに撃ち上げる』想定のシミュレーション
では、2つ目のシミュレーションとして、『30m先を45°で撃ち上げた場合』を考えてみましょう。この時の結果は、上方向のズレが『約29㎜』となりました。3㎝の誤差というのは小型のヒヨドリであれば無視できない誤差ですね。
…しかし、このケースで考えると、ヒヨドリが止まっている位置は、照準の位置から「21mの高さ」ということになります。この高さは、木で言うと杉のてっぺんあたり。ビルで言うと「7階」相当です。一般的に、こんな高い場所に居るヒヨドリを狙うことはまずありません・・・というか、そもそも“地上から見つけられない”と思います。
実猟的には気にしなくてもよいが、“勘違い”だけは避ける
以上のように、撃ち上げ・撃ち下げによる上方向のズレというのは、実猟的に言うと大きな問題にはなりません。もちろん、弾速が遅くなるほど重力の影響を受ける時間が長くなるため、上方向へのズレも大きくなります。しかしシミュレーションの結果、近年主流のハイパワーPCPであれば気にするレベルではないと言えそうです。また、発射角度が90°・-90°に近づくほどズレは無視できないほど大きくなりますが、真上・真下にいる獲物を撃ち上げ・撃ち下しするようなシチュエーションというのは“常識的にはありえない”と考えて問題ないでしょう。
ただし、実猟的に問題となりえるのが、冒頭のケース3で述べたように「撃ち上げると弾道が“下”にズレる」と勘違いしている場合です。もし「弾道が下にズレる」と勘違いして照準を“上”に補正してしまうと、誤差が重なって弾が大きく上に反れてしまうことになります。
よって、実猟で撃ち上げ・撃ち下げを行う場合はヘッドショットを避けて、ネックやバイタルを狙うようにすると覚えておくとよいでしょう。
まとめ
- 撃ち上げ・撃ち下げのどちらでも、弾道は照準の中心から“上”にズレる
- この問題でいう「弾道」・「着弾点」は、照準器を除く観測者の目線であることに注意する
- 撃ち上げ・下げによる実猟的な誤差はごくわずか。あまり強く意識する必要はない