5歳になる長女が「マインクラフトがやりたい」というので、Switch版のマイクラを買って、一緒に遊んでいます。
「マインクラフト」とは、すべてがブロックでできた世界で、建築をしたり、農業をしたり、モンスターを倒して冒険したりと、自由に遊べるゲームです。
さて。
私はそのマイクラの世界で、自分の判断ミスで娘を2回「殺した」ことがあります。
ある日、娘と一緒に隣村まで冒険へ出かけることになりました。
村までは馬の足で半日(実時間で10分)程度。
道中は特に難所は無いと思っていましたが、なんと娘は何てことない崖から落ち、馬を失ってしまいました。
娘を崖底から引き上げたものの、すでに日が暮れ始めています。
そして、マイクラの世界は夜になると「モンスター」が現れます。
娘のプレイスキルでは、モンスターの襲撃に耐えることは到底不可能。
私自身も、娘の面倒を見ながら身を守ることはできません。
そこで私は娘から強引に装備を奪い、自分だけ馬に乗って拠点へと逃げ帰りました。
娘は突然、親から見捨てられたショックで大パニック。
そのまま成すすべもなくモンスターに殺されてしまいました
私が拠点に戻ると、リスポーン(復活)した娘が泣きながら喚いています。
そこで、奪った娘の装備を返し、死んだ馬の代わりに私が手塩をかけて育てた俊馬を譲り渡し、再び冒険へ出発しました。
今度は先ほど落ちた崖を避けて悠々と進んでいたのですが、私が道を間違えて森に迷い込んで離れ離れになってしまいました。
私は娘を探しますが、木々に馬の進路を阻まれ悪戦苦闘。
そうこうしているうちに再び夜になります。
娘は襲いかかってくるモンスターの群れを避けようとして雪山へと迷い込み、そこで私の愛馬とともに凍死しました。
もちろん、これはゲームの中の出来事。
1人でプレイしているときなら、なんてことのないミスでしかありません。
しかし、「自分の判断」が原因で「娘を死なせてしまった」という流れが、妙にリアルで、なんとも言えない感覚として胸に残ったのです。
子供は驚くほど簡単に死にます。
それは山や海での事故はもちろん、天災下でも、親の判断ミスで子供は死にます。
また、飢饉などで「すべてを助けることはできない」という極限状態に達したとき、親は最も生き延びる可能性の低い子供から見捨てる「子殺し」を選択しなければなりません。
平和な現在では滅多に感じることのないことですが、普段から狩猟を通じて「死」を間近に感じているからこそ、ゲームの中の疑似体験が「リアルな恐怖」として響いたのかもしれません。
……などと、考えを巡らせていたせいか。
マイクラをしていると、酷い3D酔いを起こすようになりました。
しばらくの間娘には、モンスターの出ない「クリエイティブモード」で、一人遊びしてもらうことにしましょう。




