「日本人は近代に入るまで、肉食をしてこなかった」
食文化の話になると、よくこんな言説を耳にします。
その根拠として頻繁に引き合いに出されるのが、飛鳥時代(675年)に天武天皇が出した「肉食禁止令」の詔です。
しかし、これは「肉食が禁止されていた」ことを示すものではありません。
実はこの詔で禁じられていた動物は「牛・馬・犬・鶏・猿」の5種類であり、さらに「農耕期間中」に限定されていました。
その理由はとてもシンプル。
牛や馬は稲作において超重要な「労働力」、犬は田んぼを野生鳥獣から守る「番犬」、鶏は朝を告げる「時計」、猿は馬を守る「守り神」(厩神:うまやがみ)として、稲作に必要不可欠な動物だったからです。
つまり肉食禁止令の実態は「信仰的な肉食の忌避」ではなく、「農作業に必要な益獣を殺してはいけない」という実用上必要な法律だったわけです。
さて、ではなぜ日本には「肉食文化」が公の記録として残っていないのでしょうか?
昔話『カチカチ山』のおばあさんは、捕まえたタヌキを「タヌキ汁」にして食べようとしました。
もし本当に肉食文化が「無かった」としたら、おばあさんがいきなりタヌキを煮て喰おうとはしなかったはずです。
これについては、「存在しなかった」のではなく「記録されなかった」と言うのが正しいでしょう。
近代以前の時代において、「記録に残る」=「公的な文書として残る」、つまり「お役人の調査が入った」ということを意味します。
そして、庶民がお役人の前で、わざわざ貴重な肉を食べることを公言する人はいないはず。
「お肉なんてめっそうもない!わずかなおかずで雑穀を食べる、つつましく質素に暮らしておりますよ」
役人からの調査が行われた際、庶民はこうアピールしたはずです。
これは現代の感覚に置き換えても同じ。
みなさんも確定申告のために税務署へ行き、「我が家は収入がありすぎて困っています!」なんて宣言する人はいないでしょう。
実態はどうであれ、
「いや〜、色々と物入りで生活が苦しいんです‥‥だから還付金ちょうだい!」
とアピールするのが普通ですよね。
建前を重んじる「お上」と「したたかな庶民」。
いつの時代も変わらないこの構図こそが、日本の豊かな食肉文化を「歴史の裏」へと隠したのではないかと思います。




