三重県の最西部、周囲を深い山並みに囲まれた町に住む『りょう』さんは、野生鳥獣を捕獲するベテランの職業猟師です。年間200頭もの獲物を銃で捕獲するりょうさんの『忍び猟』とは、はたしてどのような狩猟スタイルなのでしょうか?
Q1.「忍び猟」ってどんな猟法なんですか?
A.忍び猟には、色んなスタイルがあります
まず、前提となるお話なのですが、『忍び猟』という言葉には、色々なスタイルがあります。例えば、
- 静かに歩いて獲物に近づく猟法
- 獣の足音などを真似て近づく猟法
- 獲物が通るであろうところに身を潜める猟法
- 猟犬を1頭だけ連れて山に入る猟法
などです。なので、これからお話する『忍び猟』のスタイルは、決してそれが“絶対”というわけではありません。
忍び猟の方法は人それぞれ
私は同じく忍び猟をされる方とお話する機会も多いんですが、皆さん、本当に色んなスタイルを持ってらっしゃる。そこで忍び猟に興味がある方は、色々な忍び猟を知り、自分なりのスタイルを模索してみてください。・・・もちろん、初めは失敗することも多いと思いますが、その試行錯誤もまた狩猟の醍醐味です。
私の場合はコソコソ歩いて猟をしてます。
さて、私の忍び猟のスタイルは、静かに歩いて獲物に近づく猟法です。「それって渉猟(しょうりょう)という言葉と何が違うんだ?」と聞かれたら「それは『忍ぶ』という気持ちの問題でござる。ニンニン」としか返し用がありませんが、“私の場合は”今のスタイルを『忍び猟』と呼んでいる・・・ただそれだけのことです。
話がそれましたが、私のスタイルでは山の中を静かに歩いていき、獲物を射程距離まで詰めたら発砲してしとめます。狙う場所は頭か首が理想ですが、そう上手くはいかないことの方が多いです。
長くて、だいたい2時間半ぐらい山の中を歩いています
獲物を探索している時間は割ときまぐれで、5分程度のこともあれば休憩せずにウロウロしていることもあります。以前、試しに時間を計ってみたところ、ソロソロと忍び足で2時間ほど歩いて鹿を撃ち、帰りは肉満載のザックを背負って30分でした。他のハンターさんの場合は、獲れないと思ったらさっさと撤収する人もいるので、私の場合はかなり気長に山の中を歩いている感じです。
ただ、それでも山の中を隅から隅まで歩くとなると、とても時間が足りません。なので、移動するルートはある程度獲物の“濃さ”を予想して向かうようにしています。この判断材料を増やすために、早朝は車で『流し猟』をしています。この流し猟については次の機会にお話ししましょう。
Q2.野生動物に近づくって・・・不可能じゃないんですか?
A.難しいのは確かですが、スキを突けば可能です。
人間よりも聴覚や嗅覚に優れた野生の獣に近づくのは、そう簡単なことではありません。しかし、その警戒心も必ず緩んでスキができるときがあります。それは『欲求を満たしているとき』と『満たした直後』です。
シカは反芻中に油断していることが多い
例えばシカの場合、朝、山に入ってすぐの時間帯は寝屋で座り込んで『反芻』をしていることが多いです。このときのシカは、目を半開きにして「モニャモニャ」と口を動かしながら気持ちよさそうにしています。このような状態は警戒心が特に緩くなっているので、音を立てずにゆっくりと歩けば近づくことができます。
繁殖期のオスジカは注意散漫!
また、特にオスジカの場合は繁殖期には近づきやすいです。性欲がみなぎり注意力散漫というか・・・。何度か、オスジカ同士がケンカをしていたところに出くわしたことがありましたが、こちらが近づいていってもお互いに角を突き合わせるのに夢中で、全然こっちを気にかけない。メスをかけたナワバリ争いで「引くに引けないッ!」といった漢(おとこ)の意地が感じられました。
「目の前まで獲物が歩いてきた」・・・そんな経験もあります
ちょっと小話を挟みますと、私が「野生動物でも気付かれずに近づくことができるんだなァ」と思った理由に、巻き狩りでタツ(※待ち構える役)をしていたころの経験があります。
その巻き狩りでは、親方から「シカは撃つなよ」と命令がでていたんですが、そんなときに限って出て来るんですよね、シカが。それは猟犬に追われていない3頭のメスジカだったんですが、あろうことかシカ達はズンズンと私の方に歩いてきます。
距離は2m、1mと近づいていき、まさに自分の足を踏みそうになるぐらいまで近づいてきたときに、とっさに「シカだ・・・」と声を漏らしてしまいました。するとどうでしょうか。シカたちはまるで不思議そうに立ち止まり、周囲をキョロキョロ。耳をピクピク動かして、トコトコと歩き去っていきました。
イノシシやシカなどの獣は「色盲で視力が弱い」と言われていますが、実際に動かない物についてはほとんど気付かないようです。それ以降、同じように巻き狩りでイノシシと3m、単独で出くわした鹿に7m、反芻していたシカに10mと、何度も野生動物に近づくことに成功しています。
Q3.忍び猟で気をつけることって何ですか?
A.足音には特に気を付けています。
いくら静かに歩いても、音は必ず出ます。ただ、音にも『カド』というのがあり、例えば小枝を踏んで「パキッ!」といた音や、小石を弾いて「コンッ!」といった音は、動物に違和感を与えやすい音のように思えます。逆に、木の葉を「ぐしゅ」と踏むような“丸み”のある音は、あまり違和感を与えないようです。
足音を環境音に紛れ込ませる
足音を消すテクニックに、『他の音に紛れ込ませる』という方法があります。例えば車のエンジン音などは、野生動物は聞きなれているせいもあるのか、ほとんど警戒しません。なので、流し猟のときは車のエンジンをかけっぱなしにしておき、コソコソと近づいていくこともあります。また、沢にそって獲物に近づくと、せせらぎに足音が消されるため、気付かれにくい傾向があります。
足音を立てないように山を歩くのは経験が必要
色々と述べましたが、音を気にしながら歩くというのは意外と難しく、私自身も昔はぜんぜん忍べてなかったと思います。しかし最近、一緒に山に入った人から「小枝などを避けて歩いてますね」と言われて、「あ、無意識的に歩けるようになったんだな」と、ちょっとレベルがアップしたような気がして嬉しくなりました。おそらく皆さんも、忍び猟をやっているうちに、無意識的に足音に気を付けた動きができるようになると思います。
音だけでなく、動き方にもポイントがあります。
音だけでなく、動作の仕方も重要です。例えば、急に動いたり、不自然な動きをしたときは、動物もそれに反応して立ち上がったり、警戒鳴きをすることが多いと感じます。なので、自然の動物が歩くように、ときには『風で草が揺れるぐらい』の速度でゆっくりと動くようにしています。
また、銃を構えるときは横に振り出さずに、自分の体の正面で操作するようにします。これは魚釣りで竿を操作するときも同じで、『シルエット』が変わるのが違和感になるのではないかと思います。
獲物に気付かれても、チャンスはあります。
その個体の性格もあると思いますが、獣はこちらの様子をハッキリと認識できないうちは、ジッとこちらを観察してくることが多いです。こういった場合は、こちらもジッと我慢して様子を見ます。まさに『だるまさんが転んだ』のような状況です。しばらくすると相手の意識が反れてゆっくりと動き出すので。こちらもそっと用意を始めて射撃体勢に移ります。
Q4.どういったタイミングで撃つんですか?
A.止まっている獲物を狙撃します。
世の中には、走り去っていく獲物を上手に狙撃するライフルマンもいますが、私は射撃はあまり上手ではなく、動いている獲物を撃つのなんてもっての他です。なので、動きを止めた状態で撃つことがほとんどです。
メスジカの群れは狙撃しやすい
撃つタイミングは獲物の種類や状況によっても様々ですが、私が最も「しとめやすい」と思っているのが、2,3頭の群れでいるメスジカです。このような群れでいるメスジカは、こちらを見てもすぐに逃げずにジッとしているので狙いやすいです。
さらに、群れのリーダー(だいたい一番体が大きい個体)を初めに狙撃すると、他の個体は硬直したり、走っては止まりを繰り返したりとパニック状態になります。こうなると2頭目、3頭目は比較的獲りやすくなります。
動きを止める”小技”は色々あります。
撃つ前に走り出した場合でも、獲物の動きを止めるすべはあります。例えば、動き出した直後に『細く長く、走っている鹿に聞こえるぐらいの音量』で口笛を吹きます。すると、何が聞こえたのかを確認しようとして、シカの足がピタリと止めることがあります。これも、どちらかと言えばメスジカに多い習性です。
逃げ方によっても違いがあります。
また、シカの逃げ方には、『マジ逃げ』と『様子見逃げ』の2種類があります。まず『マジ逃げ』の場合は、頭を低くしてダッシュで逃げます。この場合は動きを止めることは無く、視界から一気に消えてしまうので狙撃のチャンスはありません。
対して『様子見逃げ』では、ピョンピョンと飛び跳ねながら逃げていきます。この場合は、「有利な位置まで逃げれたな」と獲物が思う場所まで動いたら、逃げるのを止めてこちらを様子見してきます。このタイミングは射程距離の長いライフルにおける絶好の射撃チャンスになります。
ゆっくり追いかけたシカは元の場所に戻ってくる
余談ですが、シカには『ラウンディング』と呼ばれる習性があります。これは『大きな円を描きながら逃げる』といった習性で、シカをゆっくりと追い続けると、追い始めた場所に戻ってきます。この習性を利用して、例えばビーグルなどの足の遅い猟犬でシカを追わせ、ハンターは猟犬が追い始めた位置に伏せておき、戻ってきたシカを迎撃するといった狩猟スタイルがあります。足の速い猟犬で追わせると、ラウンディングをせずに一目散に逃げてしまうので、この猟法はできません。
以前私自身も、なかなか射撃チャンスができずにメスジカ3頭の群れを追いかけまわしていたら、いつの間にか元の場所に戻っていた・・・という経験があります。結局このときは1週半ほど追いかけて、あきらめて帰りましたが(笑)。
イノシシは、気付かれないうちに撃つ場合が多いです。
イノシシの場合は、逃げ出したら一気に突っ走って視界から消えてしまいます。なので、相手が気付いていないうちに、または動き出しを狙って狙撃します。
イノシシの寝屋撃ち
イノシシの忍び猟では、草むらの中で休んでいるところを強襲する『寝屋撃ち』というスタイルもあります。通常の寝屋撃ちは、紀州犬や甲斐犬といった猟犬を何匹か放って寝屋を襲わせ、噛みついて動きを止めている隙に撃つ猟法が一般的だと思います。ただ、これを単独で行うとなると、寝屋からいきなりイノシシに突っ込まれる危険性があるので恐ろしくて私にはできません。
ただし、イノシシは崖下などのガレ場で寝ていることもあるので、こうした場合はそっと近づいて狙撃することはあります。あとは地面を掘り掘りしている個体は警戒心が緩くなっているので、そっと近づいて狙撃することもあります。
クマは撃ったことがないので、よくわかりません。
あと、よく聞かれるのですが、熊は撃ったことがないので分かりません。私の住んでいるところでは、ツキノワグマは狩猟が禁止されており、また、有害も出ていません。ただ、実際はツキノワグマの数もかなり増えており、何度か遭遇したことはあります。「いざこっちに向かって来たら撃つしかないッ!!」と、照準を付けたことはありますが、幸運なことにすべて逃げていってくれています。この熊撃ちについては、今後色々な猟師さんに話しを聞いて、私自身も勉強したいと思っています。
まとめ
- 忍び猟は獲物の痕跡を探し、息をひそめて近づき狙撃する猟法
- イノシシやシカは視力が弱いが聴力が優れている。足音には要注意
- 焦らずに獲物を狙う狙撃の腕も重要