特にカモ猟の現場では、茂みから飛び立つカモを瞬時に見極め、それが「獲ってよい種類か否か」を判別しなければなりません。ツアーのお客様から「よく一瞬で分かりますね!」と驚かれることがありますが、実はハンターは獲物の「見た目」だけで判断しているわけではありません。そこで今回は狩猟で重要となる3つの感覚、「視覚・聴覚・嗅覚」を解説します。
視覚は「動き」や「シグナル」も重要
狩猟免許の試験では綺麗なイラストで鳥の名前を覚えますが、実際の現場で獲物が静止してくれることなどありません。逆光や遠距離、茂みの陰といった悪条件が当たり前です。
そこで、狩猟における視覚で重要になるのが、獲物の「動き」や、特徴的な「シグナル」を見ることです。
カモの種類によって飛び立ち方が変わる

例えば、マガモやカルガモのような水面採餌ガモ(俗に「陸ガモ」)は、ヘリコプターのようにその場で垂直に高度を上げる飛び方をします。
対して、キンクロハジロやホシハジロといった潜水採餌ガモ(俗に「海ガモ」)は、飛行艇のように水面を助走して加速しながら離陸します。
この飛び方の違いだけでカモの種類を特定することまではできません。
しかし、その日の狩猟で「マガモとカルガモだけをターゲットにする」と決めておけば、この飛び方の違いだけで撃つか、撃たないかの判別を瞬時に行うことができます。
特徴的な「シグナル」を探す

鬱蒼と木々が茂る森の中で、獲物の姿を捉えるのは至難の業。
背景に溶け込んだ獲物を「動物の形」として探していては、いつまで経っても発見することはできません。
そこで重要になるのが、特定の「シグナル」だけに焦点を当てるフィルターサーチの技術です。
例えばシカを探す場合、ハンターは彼らのお尻にある特徴的な「白い毛」をまず探します。
この純白の色調は森の中で極めて目立ちます。
そこでまずは山全体を漠然と眺めながら、風景の中に浮かぶ「白い何か」だけを視界の中から拾い上げます。
違和感のある白を見つけたら、そこで初めて視線を集中させ、それがシカの体の一部なのか、あるいは単なる岩やゴミなのかを判別していくのです。

鳥類の場合も考え方は同じ。
たとえば、キジを藪の中から探し出す場合は、キジの頭部を象徴する鮮やかな赤色を抽出します。
その「赤いシグナル」を探し出したら、双眼鏡で解像度を上げて正体を突き止めます。
山中の至る所には「測量用の杭」が打ち込まれており、杭の先端は往々にして赤く塗られています。
「キジがいた!」と色めき立って双眼鏡を覗き込み、ただの杭であることに肩を落とす……。
これは、キジ猟に携わる者なら誰もが一度は通る「あるある」の風景です。
判別しやすいポイント色を覚えておく

カモ猟では、獲物が逆光で姿がよく見えない場合も少なくありません。
こういう場合は、獲物の特徴的な羽色を見て判別を行います。
たとえば「ホシハジロ」の場合、羽はゴマ塩柄で、茶色い頭部が特徴です。
また、禁鳥である「オオバン」の場合、真っ黒いシルエットに一部ポツンと浮かぶくちばしの白い根元が逆光でも簡単に観測できます。
こういったカモのポイントとなる色を知るのは、単純に図鑑だけを見ていてもわかりません。
そこで猟期以外に双眼鏡を持ってバードウォッチングをするのがおすすめ。
実際のフィールドで観察する獲物の特徴を理解し、目を養うためのトレーニングとして最適です。
聴覚はハンターにとって重要なレーダー

カモ猟において、地形の死角を利用して接近する「奇襲戦法」をとる場合、土手の向こう側にいる獲物の姿を直接見ることはできません。
ここで唯一の情報源となるのが「聴覚」です。
姿の見えない獲物をどう判別し、どのタイミングで勝負をかけるのか。
すべては耳から入る情報にかかっています。
カモの「警戒声」を覚える
カモは種類によって、危険を察知した際の鳴き声が明確に異なります。
例えば、本命であるマガモやカルガモは警戒心が高まると、野太い声で「ガァ!ガァ!ガァ!」と激しく鳴き、仲間に異変を知らせます。
一方で「ピューイ!」という笛のような高い声が聞こえた時は、ヒドリガモなどの可能性を疑います。
特に「ピィ!」と短く鋭い声が聞こえた場合は、非狩猟鳥であるオシドリである可能性が高いため、姿を確認するまで射撃をしてはいけません。
「日本の鳥百科」で聞いてみる
こうした鳴き声は、文字による「聞きなし」で覚えようとしても、実際の猟場ではほとんど役に立ちません。
そこでお勧めなのが、サントリーが提供しているウェブ図鑑「日本の鳥百科」。
ここで「地鳴き」を繰り返し聴いておくことは、実際の現場での判断を劇的に上げてくれます。
もちろん、現場での声が図鑑と必ずしも一致するわけではありませんが、基本の音色を知っているか否かの差は小さくありません。
大物の忍び猟では最重要

聴覚が最も重要になるのは、大型獣を追う「忍び猟」です。
気配を殺して山に入り、相手よりも先に発見しなければならないこの猟法では、数歩歩いては止まり、耳を澄ますというリズムを繰り返します。
枯れ葉が擦れる「カサ…」という音や、小枝が折れる「パキ…」という微かな響き。
それらを捉えた時、重要になるのが「頭を動かさないこと」です。
人間の左右の耳は、音が届くわずかな時間差を利用して、無意識に方向と距離を算出しています。
つまり、頭をあちこちに向けていると、この測定機能が狂ってしまいます。
私たちは他の動物のように、耳を動かして音を集めることができません。
だからこそ、進行方向に対して顔を固定し、意識を耳に集中させます。
視線は眼球だけを動かし、首を振らずに気配を探る。
これが、相手に気づかれずに獲物の位置を特定するための鉄則です。
狩猟におけるイヤマフは「しないほうが良い」
狩猟初心者の方から、よく「耳の保護にイヤーマフは必要か」という質問をいただきます。
これに対して、私の答えは「耳栓はしない方が良い」です。
狩猟において音は、獲物の位置や種類を察知するための、最も重要なレーダーになるからです。
なお、音が反響する射撃場とは違い、開けた猟場では発砲音による負担も意外と少ないものです。
嗅覚と「第六感」の正体

狩猟において「臭い」は、視覚や聴覚に比べれば軽視されがちな感覚かもしれません。
しかし、嗅覚には他の感覚にはない「時間差で獲物の存在を知る」という唯一無二の特徴があります。
そしてこれこそが、私たちがふと感じる「第六感」の正体に深く関わっているのです。
驚異的な「鼻」を持つ狩猟者たちの実像

私自身は万年鼻炎持ちということもあり、嗅覚を頼りに山を歩くことはほとんどありません。
しかし、狩猟者の世界には稀に、驚異的な「鼻」を持つ人物が存在します。
以前、ある女性猟師と山に入ったときのこと。
彼女がふいに足を止め、「……シカの臭いがする」と呟きました。
半信半疑で彼女が示す方向へ慎重に進んでいくと、そこには鎮座する立派なオスジカの姿がありました。
私の個人的な経験則ではありますが、こうした嗅覚の鋭敏さは、男性よりも女性の狩猟者により強く見られる才能のように感じてなりません。
ラットの実験が解き明かす「DNAに刻まれた恐怖」
臭いと本能の関係を示す、非常に興味深い研究報告があります。
研究室で生まれ、一度も天敵に出会ったことのないラットにキツネの尿を嗅がせると、ラットは毛を逆立て、その場で竦み上がるといった猛烈な「恐怖反応」を示すのです。
なぜ、一度も見聞きしたことがないキツネの匂いで恐怖を感じるのでしょうか。
これは一見すると、「前世の記憶」のようなオカルト的な話に聞こえるかもしれませんが、実際はもっとロジカル。
天敵の匂いに対する拒絶反応は、脳内の恐怖を司る部位やDNAそのものに深く刻み込まれているのです。
視覚や聴覚にはない「物質」としての残留性
なぜ、臭いだけがこれほどまでに本能を揺さぶるのか。
それは、情報の受け取り方が他の五感と根本的に異なるからです。
視覚は「光」を捉え、聴覚は「空気の振動」を捉えますが、嗅覚は「化学物質」を感知します。
そして、光や音は発信源が消えればその場から消え去るのに対し、臭いは対象がいなくなってもその場に残り続けるという性質があります。
動物が尿で縄張りを主張できるのも、この残留性があるからこそです。
はたから見れば「何もいない場所に何かを感じている」という不可解な現象、すなわち「第六感」は、この時間差で残された物質の情報を脳が処理することで生まれるのです。
耳も遠くなり、目も衰えたはずのベテラン猟師が、なぜか獲物のいる方向をピタリと言い当てる。
この不思議な「第六感」の正体は、おそらく知覚できないほどの微小な匂い分子を脳がキャッチし、長年の経験則と本能が処理した結果だと言えます。
幽霊の正体も「臭い」が原因?
さらに言えば、古来より語られる**「幽霊」や「妖怪」の正体**も、実はこれに近いのかもしれません。真っ暗な夜道を歩いているとき、ふと風に乗って獣の臭いが漂ってくる。すると、人間の中に眠る「被捕食者」としてのDNAが激しく警戒アラートを鳴らします。
理由はわからないが、何かがいる。何か恐ろしいものの気配がする。昔の人は、この「形は見えないが、本能が感知した正体不明の恐怖」を、幽霊や妖怪の仕業として解釈したのではないでしょうか。
まだまだ未解明な「臭い」と「感性」のリンク
「嗅覚と感性」に関する研究は、科学の世界でも未だに謎が多い分野です。ここで私が語っている「嗅覚=第六感」という仮説が、学術的に絶対の正解であるとは限りません。しかし、前述したラットの実験で「見たこともない天敵の匂いに恐怖を感じる」という反応が証明されているように、私たち人間の中にも**「生存を有利にするための匂い」**を感じ取る回路が残されていても不思議ではありません。
獲物の存在を、意識にのぼる手前の「気配」として判別する。そんな人間に秘められたポテンシャルを解き明かす研究が、今後さらに進んでいくことを期待せずにはいられません。





