『ヤマドリ』は食材を復活させる霊鳥。その者、旨味の衣をまといて金色の出汁に降り立つべし

ヤマドリの肉

 鳥撃ちハンターの『最高峰のターゲット』と言えばヤマドリで間違いないでしょう。その評価は現在でも変わらず、ヤマドリを獲った写真をSNSにアップすれば、まちがいなく沢山の「イイね」がもらえるはずです。今回は、そんなヤマドリ猟とヤマドリ肉について、お話をしたいと思います。

目次

ヤマドリってどんな動物?

 狩猟のことをまったく知らない人にヤマドリの話をすると、しばしば「それって何て名前の山鳥ですか?」と聞き返されることがあります。・・・いえいえ、「ヤマドリ」は正式な鳥の名前なんですよ。

ヤマドリの生態

 キジ目キジ科のヤマドリは、全長約120㎝の陸鳥です。同じキジ科の「キジ」にシルエットがよく似ていますが、キジは茂みの多い平地を好むのに対して、ヤマドリは山地に生息しています。そのため、古くは「ヤマキジ」と呼ばれることも多かったそうです。
 なお、ヤマドリのメスはキジのメスと同じく、狩猟鳥獣ではありません。猟期中のヤマドリはつがいで移動していることが多いため、誤って撃たないように注意しましょう。
 

ヤマドリの亜種

 日本国内には5亜種のヤマドリがおり、おおむね北緯35度以北(千葉より北)にヤマドリ、以南にシコクヤマドリ、四国などにウスアカヤマドリ、九州北部にアカヤマドリ、九州南部(宮崎県、鹿児島県)にコシジロヤマドリが生息しています。この中で、コシジロヤマドリだけは狩猟鳥獣ではないので注意が必要です。

ヤマドリの生息場所

 ヤマドリは、木の実から草の葉、ミミズ、トカゲ、ヘビといった小動物まで、あらゆるものを食べます。よって、食性による生息地の偏りはほとんどなく、針葉樹から広葉樹まで幅広い植生の山に生息しています。
 しかしヤマドリは『綺麗な水を飲用する』という習性があることから、必ず清流がある山に生息しています。また、『体が重く飛翔能力が比較的低い』という身体的特徴があるため、捕食者から逃れやすいように、うっそうと茂るヤブや、倒木、イバラが多い場所を好むとされています。

ヤマドリ猟

 一般的にヤマドリ猟といえば、優れた猟犬と忍耐を必要とするストイックな猟法の代名詞です。しかしヤマドリ猟には、初心者でも気軽にできる猟法というのも存在します。なぜこれほど差があるのか?それぞれの猟法について、お話をしましょう。

超高難易度の沢下り撃ち

 数ある鳥撃ちの中でも、最も豪快で難易度が高いと言われているのが、ヤマドリの沢下り撃ちです。これは、よく訓練された猟犬と共に山に入り、ヤマドリの臭いを取らせた後に放ちます。次に、ハンターは沢沿いの草むらに隠れ、ヤマドリが飛んで来るのをひたすら待ち続けます。
 普段は地面を歩いているヤマドリは、猟犬が近づいてくると、木の高いところにとまって様子を見ます。そして、猟犬の視線にしびれを切らしたヤマドリは、沢に沿って滑空をする習性があります。このとき、猛烈なスピードで滑空してくるヤマドリに対して、瞬時に反応して撃ち落とすというのが『ヤマドリの沢下り撃ち』と呼ばれる猟法です。

一方、簡単に獲れる猟法もある

 ヤマドリを待ち伏せている間は、火で暖を取ることもできず、真冬の谷風が吹きすさぶ中、身じろぎ一つせずにジッと獲物を待ち続けます。そんなストイックなヤマドリ猟の話を聞いた多くの狩猟初心者は、「そんなの絶対に無理!」と思われるはずです。

林道をチョコチョコ歩いてたりする…

 しかしヤマドリは、沢下り撃ちでないと捕獲できないというわけではありません。なぜなら、ヤマドリは沢へ水を飲みにいくときに、決まったルートを歩いて移動するという習性があるため、林道を車で走ると「チョコチョコ」と歩いているヤマドリを見かけることがよくあるのです。

驚くと棒立ちに

 しかもヤマドリは、キジと同じく危険を察すると身を屈ませるという習性があるため、場所さえ把握できていれば銃猟ハンターにとっては動かない的でしかありません。
 さらに、地域によっては放鳥されていることも多いため、人間に対する警戒心が非常に緩かったりもします。そのためヤマドリは、『暖房をきかせた車で林道ドライブをしながら探索し、ヤマドリがいたら車を下りて撃つ』という、ストイックさのかけらもない猟法で捕獲できたりもするのです。

ヤマドリ肉ってどんな味?

 ニワトリを始め、ウズラやシチメンチョウ、ホロホロチョウなど、キジ科に属する鳥は、どれも「美味しい鳥」として知られています。もちろんキジ科のヤマドリも例外ではありません。

他の食材をグレードアップさせる旨味

 ヤマドリ肉をひとことで表すなら「究極の地鶏」です。ニワトリよりもギュッと引き締まった肉からは、噛めば噛むほど旨味がにじみ出てきます。
 また、ヤマドリのガラで出汁を取ると、金色の脂がスープに溶け出し、5枚入り100円の薄っぺらい油揚げは旨味を吸い込んでフワフワに膨らみ、しなびた野菜はシルクのような輝きを放ちます。このようにヤマドリ肉は、他の食材に”旨味の息吹”を与える、霊鳥・フェニックスのような力を持っているのです。

良くも悪くも「地鶏」

 ヤマドリ肉は美味しい食材であることは間違いありません。・・・しかし、つまらないことを言ってしまうと、ヤマドリ肉の「美味しさ」はニワトリの延長でしかありません。
 数十年前以前であれば、日本にはまだ「地鶏」という食材は認知されておらず、ヤマドリの食材には特別な魅力があったはずです。しかし、近年はニワトリの品種が多様化しており、ヤマドリ肉に匹敵するニワトリ肉はいくらでも存在します
 これは個人的な感想ですが、食材としての「美味しさ」で評価をした場合、ヤマドリ肉は軍鶏(しゃも)やコーチンといった家禽の方が・・・正直言って肉のうまさは劣ります。

ジビエは「味」だけで評価できない食材

 それでは、「ヤマドリが狩猟のターゲットとしてつまらないのか?」と問われたら、「決してそういうわけでは無い」とお返しします。なぜなら狩猟は「美味しい食材を得る」ことが唯一の目的というわけではないからです。
 そもそもジビエは、その肉に「旨味があるのか・ないのか」、「栄養学的に優れているのか・劣っているか」、「市場価値は高いのか・低いのか」といった記号的な面で評価できる存在ではありません

ジビエとは芸術である

 例えば、あなたが何度も『沢下り撃ち』に挑戦し、初めてしとめることができたヤマドリ肉は、間違いなく「人生最高に美味しい肉」になるはずです。また、初心者が偶然仕留めたヤマドリであっても、その肉は一生の思い出の味になるはずです。一方、お金を払って食べたヤマドリ肉は、おそらく「すごい地鶏」程度の感想しか持たれないと思います。
 このようにジビエは、どのように出会うかによって評価や感動が変化します。これはつまり、『ジビエを食べること』は単なる食事ではなく、芸術鑑賞に近いといえます。

まとめ

  1. ヤマドリは山に住む鳥。キジに似ているが、キジは平地に住んでいる
  2. ヤマドリ猟といえば超・高難易度の『沢下り撃ち』。ただし、ドライブのついでに獲れることもある
  3. ヤマドリ肉の食味は、良くも悪くも「地鶏」。ただし、その感想は人によって変わる

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この記事を書いた人

東雲 輝之のアバター 東雲 輝之 株式会社チカト商会代表取締役・ライター・副業猟師

当サイトの主宰。「狩猟の教科書シリーズ」(秀和システム)、「初めての狩猟」(山と渓谷社)など、主に狩猟やキャッチ&イートに関する記事を書いています。子育てにも奮闘中。

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